敢えて今さら言うまでもなく、「IT革命」が大ブームです。猫も杓子も首相もマスコミも、IT、ITの大連呼。まるで選挙カーのようですね。そんな状況の中、なんとなく凄いことになっているということは感じられても、結局のところITとは一体何を指しているのか、何がどういうふうに「革命」を起こすのかということが今一つピンと来ない、という人が多いのではないでしょうか。そして、そのために漠然とした不安を感じたり、ひょっとして自分は時代に取り残されようとしているのではないかという強迫観念に駆られたりしてはいないでしょうか。
どうか、安心してください。それで当たり前なのです。なにしろ、IT、ITを連呼している当の本人たち、つまりは新聞雑誌などの大手マスコミの記者、TVに登場するキャスターやコメンテーター、そして首相や官房長官、経済企画庁長官をはじめとする政治家などのお歴々が、とにかくなんにもわかっちゃいないのですから。そんな連中が知ったかぶりでたれ流す情報ばかりに日々さらされている一般人がまともに知識を得られるはずがないし、だとすればそれを恥じることなどどこにもないのです。
「そんな、まさか」とお思いでしょうか。しかし、これが事実なのです。「権威ある」大手新聞にも「歴史ある」大手雑誌にも、ちょっと技術に詳しい人間が読んだら笑っちゃうような大嘘記事、勘違い記事が目白押し。「報道」を名乗るTV番組で扱われる内容はどれもこれも興味本位のワイドショーレベルで、求められて知ったようなことをまくしたてるコメンテーターもほとんどは適当なことをその場限りに喋っているだけ。首相や経済企画庁長官の「IT革命推進」に関する発言は、聞くたびに頭を抱えてしまうようなものばかり。まったくもって酷い状態なのです。
ただただこんな悪口雑言を並べていてもなかなか信じてはもらえないと思うので、一つ具体的な例を挙げましょう。先ごろ、堺屋太一経済企画庁長官がこんな発言をしました。
「私の計算では(インターネット人口を)来年度末までに2000万人増やせる」これによって「IT先進国の仲間入りができる」。
一見もっともな発言にも聞こえますが、これはITに対する認識をまるで欠いた、二重三重に間抜けな発言なのです。
まず、「インターネット人口」が増えることで「IT先進国の仲間入りが出来る」などと考えているのがおかしいですね。確かにIT先進国にはインターネット人口が多いのだろうとは思いますが、それはあくまでも結果であって、目的ではないはずです。これは要するに、「自動車運転免許取得者を大幅に増やすことによって交通先進国になれる」と言っているようなものなのです。そんな無茶な話はないでしょう。交通先進国たる条件は、そんなことではありません。道路や信号設備が整備され、しっかりとした交通法規が作られ、自動車の値段が安くなり、ガソリンスタンドなどのサービス施設が充実し、さらには鉄道や飛行機などの交通網も充実し、一方では歩行者や自転車などへの配慮も行き届いて、初めて交通先進国と言えるはずです。そうなれば結果として、そうでなかった時よりも自動車免許取得者は大幅に増えているでしょう。しかしそれは、決して免許取得者を増やすことを目的とした措置によってなされることではないのです。IT先進国についても同じこと。高速ネットワークを安価に使える基盤を構築し、法制度を整備し、技術的な標準化作業を迅速にこなし、企業が提供する機器やサービスの質量両面の向上をなし、多くの(出来れば全ての)人が快適に、安心してIT機器やネットワークを利用出来る環境を作ることが、IT先進国になる条件です。それがなされれば、結果としてインターネット人口も大幅に増えるでしょう。要は「使いたい場合に快適に使える」ようになることが大切なのであって、「使う人を増やす」ことで「先進国の仲間入り」などという考え方は結果の数字しか目に入らない短絡思考だと言えるでしょう。
そしてそれ以前に、そもそも「インターネット人口」とは何なのでしょうか。「それはもちろん、インターネットを使う人、使える人のことです」と堺屋長官は考えておられるのでしょう。実はこれがまた、根本的な認識不足を露呈しているのです。
それではお訊きしますが、携帯電話を使って銀行の残高照会サービスを利用している人は、インターネット人口に入るのでしょうか。この手のサービスは銀行が独自に提供している場合と、携帯電話会社が独自の回線で銀行とネットワークを結んで提供している場合と、インターネットを経由して提供している場合とがあります。インターネットを経由して提供されるサービスを利用している人だけが、インターネット人口に含まれるのでしょうか。それも妙な話ですよね。それとも、そんな間接的な利用だけではインターネット人口には含まれないのでしょうか。では、学校にあるパソコンを使って付き合っている彼女の携帯電話と毎日メールをやりとりしている大学生のA君は、インターネット人口に入るでしょうか。毎日メールをやりとりしているくらいだから、当然入るべきだとも思えます。しかし、A君は自分ではパソコンどころか携帯電話も持っていないし、パソコンの使い方もほとんど知らず、ただ単に論文の作成とメールのやりとりに使っているだけなのです。インターネットで情報を集めようとか、買い物をしようとか、そんなことは考えたこともないのです。それでもインターネット人口には入るのでしょうか。では、A君と付き合っている彼女の方はどうでしょう。彼女は毎日A君とメールのやりとりをしているけれど、持っているのは携帯電話だけで、普通に電話として使う他は、A君とのメールのやりとりにしか使っていないという状態です。それではインターネット人口には入らない?でも、彼女がやりとりするメールは毎日確実にインターネットを経由しているのですよ。しかも、利用の形としてはA君とまったく同じなのです。片方がインターネット人口に含まれて、片方が含まれないのでは筋が通らないのでは…?
現状でも既にこんな状態ですが、今後はもっとわからなくなります。台所で「インターネット電子レンジ」を使ってレシピを参照しつつケーキを焼いている奥様は、果たしてインターネット人口に含まれるでしょうか。コンビニに置かれたキャッシュディスペンサーを使って銀行預金を引き出したら、その情報がインターネットを流れて銀行に記録されたという場合はどうでしょう。本人が意識的にインターネットを使っていないからインターネット人口には入らないでしょうか。では、利用している銀行がネット銀行だったら?引き出したお金で缶ジュースを買ったら、自動販売機からその情報がインターネットで流れて流通業者に蓄積されるかもしれません。レコード店に行って、店頭にある販売機に携帯レコーダーをセットして最新ヒット曲を買ったなら、その音楽はデータとしてインターネットを流れて来たものでしょう。自宅で寝たきりになっているお年寄りが毎朝使っている血圧計はその都度データをインターネット経由で最寄りの病院に送っていて…、はい、すみません、そろそろ石を投げられそうなのでこの辺にしておきましょう。
要するに、インターネットなどというものは本格的に普及して利用形態が多様化すれば、利用者はそれと意識せずに使うようになるものなのであって、問題はどんなサービスをどんな風に利用するのか、また出来るのかという方向へシフトして行くのです。そして、つまりはそれが「IT革命」の一端なのですね。逆に言えば「インターネット人口」を云々しているうちは「IT先進国」には程遠いということで、しかも時代はすでに「インターネット人口」をキッチリと数えることが出来ないくらいのところまで来ているわけです。そこへ前述の堺屋氏の「インターネット人口を増やしてIT先進国の仲間入り」などという発言なんですから、これがどれほど間抜けなことか、大体わかっていただけると思います。旗振り役がこんな調子では、日本の「IT先進国」への道は険しいと言わざるをえません。
そして、こういったことを理解出来ていれば新聞などは喜んで書きたてそうなものですが、どこも書かないのは要するに理解出来ていないからです。技術的な原理の初歩から用語の使い方まで間違いだらけの「ハイテク、IT関連記事」を毎日のように掲載し続けている各紙には、望むべくもないことなんですね。思い起こせば15年程前、「日本に初めてコンピュータ・ウィルスが上陸」という記事を大手新聞各紙がこぞって掲載したことがあります。そこには「ウィルスに感染したフロッピー・ディスク」という注釈付きで単なるフロッピー・ディスクの写真が大きく掲載され、記事には「パソコンを使った後はよく手を洗うように」と書かれていたのです。嘘でも冗談でもありません。本当の話です。今ならほとんどギャグのように聞こえますが、要するに連中のレベルはそんなものなのです。私の見る限り、現在でもそれとあまり変わらないレベルのとんでもない記事が新聞や雑誌に数多く掲載されています。
ことほど左様に、ITのことなど誰もわかっちゃいないのです。だから、なんだかよくわからないという人も「取り残されている」わけでは決してないし、恥じることもまったくありません。むしろ、変に知ったかぶりをして他人に悪影響を広げないだけ立派だとも言えるのです。
しかし、そうは言っても「IT」が重要なキーワードであることは確かだし、「IT革命」によって社会が大きく変わろうとしているというのは本当のことです。そこでここでは『IT見栄講座』と題して、「IT」に関連する事項についての「本当のところ」を、わかりやすく解説して行きたいと思います。もちろん目的は技術的な詳細について深く知ることではなく、それらがどんなもので、どこに何をもたらすのかといったことを大雑把に、それでいてしっかりと掴んでいただき、「わかっちゃいない連中」が知ったかぶりで間抜けな発言をしていたら、それを指摘して見栄を張れるようになっていただこう、ということなのです。
まずは手始めとして、政治家の発言や新聞雑誌の記事は非常にレベルが低いのでハナから疑ってかからなくてはいけない、ということを「わかって」いただけたかと思います。