【IT見栄講座】

第2講:『デジタルだと何が嬉しいのか』

 前回、ITの本質はデジタル化された情報をネットワークでやりとりすることだと言いました。情報がネットワークを通じて流れれば遠くの相手にも一瞬で届くし便利だということは、電話やTV放送などから類推して考えても想像がつきやすいと思いますが、さて、それに加えて「デジタル化」されなくてはならないのはどうしてなのでしょうか。
 デジタルカメラにデジタルビデオ、デジタル放送にデジタル音楽。なんだか色々なものが「デジタル」になると良くなるような印象のもと、巷にどんどん普及しています。デジタルというのはそんなに有り難いものなのだろうかと、なんだか騙されているような気がしませんか。そうです、もちろん「デジタル=より良い」などということはありません。しかし、デジタルならではの大きなメリットがあることもまた事実です。今回はその辺りの「本当のところ」を把握していただこうと思います。

 さて、そもそも「デジタル」というのはどういうことでしょうか。「0と1だけからなる電気信号で云々…」という説明を、誰もが一度は聞いたことがあると思います。確かにそれはそうなんですが、実はこの説明は論点が大幅にずれているのです。「0と1だけで云々」というのは、「コンピュータなどはデジタル情報をどうやって扱っているのか」という質問に対する回答であって、「デジタルとはどういうことなのか」という質問に対する回答ではないのです。こういう間抜けな説明をする解説者や本などは放っておいて、我々は本質を見極めましょう。「デジタルとはどういうことなのか」という問いに対する答えは、ズバリ「あらゆる情報を数値として扱うこと」です。
 確かにコンピュータは最終的に数値を0と1だけからなる2進数で扱いますが、そんなことはコンピュータ技術を云々する場合にだけ考えればいいことです。2進数で表現しようが10進数で表現しようが123進数で表現しようが(誰もしないとは思いますが)、数値は同じ数値です。本質的に大切なポイントは、全てが数値として扱われるという事実です。
 全てが数値なのですから、文字だの画像だの音声だのを直接扱うことは出来ません。全て数値に直さなくてはならないのです。例えば文字は、番号を割り振って扱います。「あ」は1番、「い」は2番というような具合です。番号の振り方も実際には色々とありますが、現在よく使われいる方式だと日本語の文字は通常よく使われる漢字を含めて数万程度の表に配置され、その番号で特定されます。みなさんが今こうして見ている文字も、コンピュータは一文字一文字そういった番号で記憶しているのです。
 画像の場合も数値化の方法はいくつもありますが、基本的には画面全体を細かな方眼紙のようなマス目に区切って、一つ一つのマス目の色を数値として記録するという方法をとります。色違いの毛糸で模様を編み込んだセーターのようなイメージですね。セーターは、編み目が細かいほど繊細な絵柄を表現することが出来ますが、それと同じように、デジタル画像はマス目が細かいほど高画質化が可能になります。マス目が細かいということは、画面の大きさが同じならそれだけマス目の数が多いということです。デジタルカメラのCMで「2メガピクセル!」などと言っているのは、このマス目が全部で200万個(縦横1500くらい)もある高画質だぞ、という意味なのです。そんなわけで、デジタル画像というのは文字に比べて情報量がえらく大きくなってしまいます。大雑把にマス目一つを表す数値で日本語一文字が表せるとしたら(実際にも大体そんなものです)、「2メガピクセル!」のデジタルカメラで撮った写真一枚で200万文字分の情報ということになり、これは文庫本にすると大体7冊分くらいです。ここまでデジタル技術が進んだ最近になってようやくデジタルカメラが実用域に達して来たというのも、頷けるでしょう。
 これが音声となると話はもっと凄くなります。デジタル音声の録音というのは、一秒間に何万回という猛スピードで音量を数値化して記録することによって行います。たった数秒の音声データが、何万文字分の情報量なのです。数分で、何百万文字分ということになります。音楽が74分入るCDと同じ媒体に大きな辞書が何冊も入ってしまうのも、まあ当然というわけです。
 これが動く画像プラス音声という「映画」となったら、そりゃもーエライ騒ぎだということはおわかりだと思います。動画は一秒間につき数十枚の画像ですから、考えただけで恐ろしい情報量です。当然ながら、実際の現場(売られている商品とか)ではこういったエライ騒ぎの情報量を何とか圧縮して極力小さく扱うということに技術の粋が駆使されています。例えばMDやDVDではどれだけのデータがどんな方法でどれくらいに圧縮されているのか、興味のある人は調べてみると面白いでしょう。

 さて、そうまでして全ての情報を数値化して、一体何の得があるというのでしょうか。もちろん、色々と大きなメリットがあるのです。
 まず、完璧に複製出来るということがあります。絵とか音とかいうものは基本的に完璧な複製を作ることは不可能で、単純にコピーを取れば画質や音質が劣化しますし、模写や再録音などをすれば多かれ少なかれ内容が変化してしまいます。しかしこれがデジタルデータであれば要するに中身は大量の数値なんですから、同じ数値の並びを再現することで完璧なコピーを作ることが出来ます。厳密に言えば、絵や音などをデジタル化する時点でどこかが省略されたり劣化したりしているわけですが、それが人間の目や耳で感知出来ないレベルの劣化であれば事実上問題ないわけですし、用途によっては感知出来る劣化があっても後々の複製で劣化しなければ構わないという場合もあります。
 情報が完璧に複製出来るとなると、重要な情報を完全な形で複製保存しておくといったことが可能になりますから、保守のリスクを減らすことが出来ます。また、情報を大量に複製して配布したり販売したりする場合のコストも減らせます。例えば、大量の文書や画像などのデータをCDやDVDなどの媒体に物理的に書き込んで複製するという場合でも紙に印刷するなどして複製するよりもずっと安上がりですし、ネットワークを通じて伝送することによる複製/配布となると、これはもう比較にならないくらいコスト安です。しかも、そうして大量に複製されたデータは元本と寸分違わない品質ということになりますから、これは大変なことです。著作権などの問題でそうそう「完璧に複製」されては困るものもありますから、そういう場合にどうやってガードをかけるかということが音楽業界などで大きな問題になっていたりもします。逆に言えば、デジタルデータの複製というのはそれほどまでにお手軽で完璧なものであるということになります。
 さて、今しがた「ネットワークを通じて伝送することによる複製/配布」ということをサラリと言ってしまいましたが、これはつまり、デジタルデータは完璧に伝送出来る、ということでもあります。ネットワークごしの相手側に、こちらにあるのと完全に同じ情報を届けることが出来るわけです。情報の伝達において聞き間違いや読み間違いなどの人為的なミスを排除出来るというだけでも、金融取引や商取引に非常に便利であることはおわかりでしょう。また、大量のデータを確実に送ることが出来るわけですから、商取引におけるコストを大幅に低減出来るだけでなく、映像や音声の長距離伝達にも非常に役立ちます。TV映像の国際中継などの他、惑星探査機からの画像受信などにも不可欠というわけです。伝言ゲームのように「遠いところから届いたり、いくつもの中継点を経て届いたりした情報はアテにならない」ということがなくなるわけで、これは画期的なことです。
 さらには、情報を劣化させることなく保存出来る、というメリットもあります。デジタルデータを記録してあるディスクやテープなどの媒体そのものが時を経て劣化するということはあるかもしれませんが、それは中身の情報が劣化しているのとは違います。定期的に新しい媒体にコピーするといった措置でデータを守ることが出来ますから、原理的にはそのままの状態を永久に保存出来るということになります。また、デジタルデータのための媒体の記録密度は技術の進歩によってどんどん上がっていますから、あまり場所をとらずに保存出来るというメリットもあります。国会図書館などのことを考えれば、単に「場所をとらない」というだけでも馬鹿にできないメリットであることがおわかりいただけるでしょう。
 そして、これぞデジタルデータならではというメリットとして「計算出来る」ということがあります。「そりゃ、全部数値なんだから当たり前だろ」と思われるかもしれませんが、これがなかなかあなどれないのです。もともとが数値のデータであれば、改めて人間が電卓に打ち込んだりするまでもなく全て自動で計算処理出来るということが、まず一つ。これだけでも事務処理には大きなインパクトです。しかし、それだけではありません。元々が数値でない、つまり文字や画像や音声などを数値化したデジタルデータを「計算する」ということは、すなわち「データを自動的に加工する」ということに他なりません。文字データであれば、特定の文字の並びを探し出したり、置き換えたり、文書として整形したりということが自動で出来るわけです。大量の書類の中から目的の部分を一発で引き出すことが出来るとなれば、それを前提として事務処理の手順が根本から変わってしまうということもあり得ます。画像であれば、大きさを変えたり、色合いやコントラストを変えたり、他の画像と重ね合わせたりといった加工が自在に出来ますし、音声なら特定の音を取り出したり、音質を変えたり、雑音を除去したりといった加工が可能になります。近年、映画の特殊効果にやたらとCG(コンピュータ・グラフィック)が使われるようになったのも、大いに納得出来るというものでしょう。

 つまり、かなり大雑把な言い方をしてしまえば、こうしたデジタルデータのメリットがネットワークを通じて瞬時にやりとりされることによって増幅され、そこからもたらされた新たなノウハウやビジネスのあり方の変化が社会に引き起こしている大きな波が、「IT革命」の正体であると言えるでしょう。
 もちろん、デジタルデータがこうした数々のこれまでにない特徴を持っているからといって、「デジタル=良い」ということにはなりません。アナログの情報や紙媒体などにもそれぞれ他にない特徴があります。問題は、デジタルデータの持つ特徴がこれまでになかった、つまりは画期的なものであって、それが社会に非常に大きな変化をもたらしているということです。そして一方で、「デジタル=数学的で難しい」「デジタル=機械的で温かみがない」というのも、つまらない先入観でしかないということを知っていただきたいと思います。

2000/10/11

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