【本の感想】(含ネタバレ)

『死の蔵書』

 水準以上、とでも言えばいいのかな。とくに感動もしなかったし、満足には程遠いし、納得できない部分も多々あるけれど、かなり良く出来た作品だとは思う。結構楽しめたことは確かだ。ミステリに関して私が高く評価する本というのはかなり少ない(大した数を読んでるわけじゃないけど)ので、相対的に見ればこれは大した作品ということになるのかもしれない。
 全体としては、「ちょっと推理小説とは呼べない」という感じのよくある軽めのミステリで、サスペンスを主なスパイスに、古本業界というおかずで読者が飽きるのを防ぎながら、あまり緻密とは言えない謎解きをドラマチックに味わわせるという趣向になっている。こういった図式の作品は数え切れないくらいあって、大抵は謎解きのお粗末さをおかずの部分の情報量とキャラクターや会話の魅力で補えるかどうか勝負になるのだけど、この作品ではそれがちょっと違っていて、謎解きの部分が結構よく出来ている。私が謎を解くつもりで読んでいなかったということもあると思うが、丁度いいタイミング(実際に謎解きがなされる少し前)で「ああ、そうか」となった謎が2つあって、これに関してはかなり楽しめたと言える。安っぽい作品ではメインになったりもする「おかず」部分の古本業界に関する記述も、作者が本職というだけあってなかなかのものだった。ただし、登場人物は主人公を含めどれもこれもありきたりで、全く面白味がない。少しばかり人間ドラマっぽい展開があったり人物の内面描写らしきものがあったりするが、これはどちらもお粗末。
 会話はそれなりに気の利いた部分があるが、軽妙とまでは行かないし、深みがあるわけでもない。この作品は、純粋に筋立てとミステリとサスペンスを(おかずを交えて)楽しむものなのだろう。それだけでもかなり楽しめる、高水準の作品であることは確かだ。

↓ ネタバレ ↓

 主人公の刑事が中盤で突然辞職して本屋になってしまうという展開はちょっと意外性があって面白かったが、キャラクターに魅力がなく人間ドラマも描けていない作品なので、それは単にそれだけのことという感じになってしまってもったいない気がした。
 思い切りアメリカ的な主人公に魅力がないのはよくあることなので今更驚かないが、敵役のタフガイ、ニュートンがあまりに情けない。やたら脅しが効く割りには結局最初から最後まで主人公にやられっぱなしだし、事件に重要な役割を担っているわけでもないし、もう「こいつ、何のために出て来たの?」という感じだ。そりゃあもちろん、ストーリーを盛り上げるために出て来たんだろうけど…。
 若き押しかけ店員、ミス・プライドの登場で感情移入しそうになり、その死で心を動かされそうになった(この辺かなり個人的な趣味が入ってる気はするけど(笑))が、その辺もいかにも「ミステリ小説」らしくさらっと流されてしまって「なんだかなー」である。やはり、アチラの小説では小娘よりも知的な大人の女性リタの方がヒロインになるのが当然なのだろうか。ラストでのリタの扱いがいかにも「続編を書けるように…」という感じで嫌らしい印象を受けたが、やはり続編が書かれているらしい。翻訳されたら読んじゃうとは思うけど。
 まあ、何だかんだ言っても、この作品を読んでの一番の収穫は、とても洒落たセリフを一つ覚えられたことだろう。
「人の意見は尻の穴と同じだ。誰にでも一つはある。」

↑ ネタバレ ↑
1997/06/25
『死の蔵書』
ジョン・ダニング著
宮脇孝雄訳
ハヤカワ文庫HM(タ2-1)

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