宮部みゆきの短編集。今度は現代を舞台にした「普通の」ミステリーだ。
率直な印象としては、気の利いた、読後感の良い、ミステリー風の軽い読み物、といった感じ。私には『かまいたち』よりもこちらの方が楽しめた。
この本には五編の作品が収められているが、内容がバラエティに富んでいて飽きない。題材だけ見ても、子供を主人公にした「ちょっとしたミステリー」があれば刑事を主人公にした殺人事件もあるという具合で、型にとらわれない感じが好ましい。
生真面目な書き方で予定調和を重んじる印象は、やはり変わらない。この本に収められている作品に関しては、筋立てやトリックが陳腐過ぎて全て見通せてしまうということもあまりなかった。ただし、その分トリックに少々強引なところが目立ち、説得力という意味では今一つという気がする。もっとも、トリックの精密さにこだわって読むよりも素直に雰囲気と読後感を楽しもうという気にさせてくれる作品群ではあると思う。
以下、各作品について。
『我らが隣人の犯罪』
まず、中学生が叔父と結託して隣家の犬を盗み出そうとするというシチュエーションにそそられる。小学生の頃に子供向けのミステリ作品を読んでいた時の楽しさを思い出させてくれるようだ。
この作品は、主人公である中学生の一人称で書かれている。こういう書き方の場合は主人公に反感を持ってしまったり場面の描写に納得が行かなかったりすると読んでいてストレスを感じることが多いので、この作品を読み始めた時も思わず警戒してしまったのだが、どうやらそれは杞憂に終わった。描写は相変わらず簡潔でスッキリしていて、一人称は単にこの作品の世界に読者が親しみを持ちやすくするためだけのものだったようだ(本来はそういうものだと思うけど)。
ストーリーもトリックも、まあ、これと言ってどうということはないのだが、それなりによく出来ていて楽しめた。やはり主軸は雰囲気とキャラクターなのだろうか。キャラクターもとくにどうということのない、どちらかと言えばありふれたものだったと思うが、こうしてしっかり描かれていると印象はかなり違うものらしい。本書の解説で北村薫氏は、主人公の母親が隣家の犬の泣き声に悩まされた挙げ句卵のカートンを壁に投げつけてしまうくだりが凄いと言っている。確かにそれはそうだ。ここで卵のカートンを持ち出せるのはセンスだろう。しかし、その程度のことはマンガの世界では普通である。それだけ日本のエンターテイメント小説全体のレベルが低いということだろうか。それはそれで、少々悲しい気がする。
全体的に好印象のこの作品だが、どうも最後の一行がいただけない。どこがどうと言われると困るので完全に個人の好みの問題だと思うのだけど、この「いい気分だった。」という一行があるばかりに少々嫌らしい印象を受けてしまうのだ。削除しちゃってもいいんじゃないかと思う。
『この子誰の子』
あまり印象に残らなかった。ワンアイディアで書かれたショートショートという感じ。
題材としてはかなり面白いし、描写もそれなりに引き込まれるものがあるが、どうも感情移入出来ずに、「ああ、そうですか」という感じで読み終えてしまった。主人公の少年があまりにも超然としているからだろうか。
『サボテンの花』
心温まる作品、と言ってもいいだろう。かなり強引にデフォルメされた部分が目に付くが、教育現場という舞台に本気で突っ込んだらとんでもないことになってしまうだろうし、このくらいで丁度いいのかもしれない。
しかし、なんとも残念なのはメインのトリックが早々に見抜けてしまったこと。解説では「結末に至ってあらゆる伏線は見事に生きて立ち上がり、謎は文字通り氷解する。」と書かれ、「これは疑いもなく現代本格推理を代表する名作の一つである。」とまで書かれているが、私は徹の口から「竜舌蘭」という単語が出た瞬間に大方の予測がついてしまった。これは私が植物について無知で、竜舌蘭というとテキーラの原料としてしか知らないためにこうなってしまったのかとも思うのだが、いずれにせよ残念なことだ。余計なことではあるが、この時点でまだ教頭の「この世に一つしかない酒を飲みたい」という夢の話を出していなければ、一気に予測がついてしまうことはなかったのじゃないかと思う。更に言えば、徹の口から竜舌蘭などという単語は出さず、発表会で初めてサボテンが竜舌蘭だということをさりげなく明かすということでも良かったのじゃないだろうか。ここでも作者の律義なまでの生真面目さが現れているように思う。
まあそれでも、この作品は誰にでも勧められる気持ちのいい一編であることは確かだ。
『祝・殺人』
主人公とエレクトーン奏者の女性が喫茶店で話をするだけで殺人事件の謎を解明してしまうという、いわゆる「アームチェア・ディテクティヴ」の図式なのだが、あまりそのことが印象に残らない。どうせならもっと強調してもいいのじゃないかと思った。
死体をバラバラにしたのは手首を持ち出したのをごまかすためで、その手首も一時的に持ち出しただけですぐに返したので不可解なバラバラ死体が残ったというトリックは悪くないと思うのだが、指紋錠のことが謎解きの段になって初めて出てくるなど、どうもこのトリックが生かされていないようで残念に感じた。
結局、主人公の刑事は事件の謎を解いた女性に惹かれるけれども、当の女性はその後すぐに別の男性と幸せな結婚をした、というちょっと皮肉な展開の方が実はメインだったのかな、という気がする。まあ、それはそれで構わないけれど。
『気分は自殺志願(スーサイド)』
筋立ても仕掛けも、とにかく強引。しかしそれがあまり気にならないのは、事件を持ち込むボーイ長のキャラクターの面白さと、ちょっととぼけた主人公とのやりとりが生き生きと描かれているからだろう。
仕掛け自体がかなり理屈っぽいので、もう少しうまく処理できなかったかとも思ってしまうが、まあ、やはり主軸はキャラクターということで、あまり気にしても仕方がないのだろう。
この本を読んで、私の宮部みゆき作品に対する印象はかなり良くなった。少なくともあと何冊かは読んでみる事になるだろう。