風変わりなカメラマン亜愛一郎を主人公とした連作短編ミステリ。
何と言うか、とてもツボを押さえて書かれているという印象で、「うまいなあ」と思わされてしまう。ただし、「うまい」のはシリーズものとして読者を引き寄せる要素の折り込み方であって、謎解きそのものについては結構強引でいい加減。それでも、これはこれでいいんじゃないかと思わせてしまうところが「うまい」んだろうな、やっぱり。印象としては、良く出来たワンパターンTV時代劇に似ている。(『大岡越前』とか(笑))
主人公のキャラクターから始まって、一貫したパターン要素としての煙草の扱いや「洋装の老婦人」の持ち出し方など、全てがとても作為的でありながら、どうしても引きつけられてしまう。エンターテイメントとしてのシリーズものの一つのお手本と言ってもいいんじゃないだろうか。これで謎解きにもう少し新鮮味があったら、思わずファンになっちゃうところなんだけど。
島田荘司氏の御手洗潔とは比べるべくもないけれど、本シリーズの亜愛一郎もかわい気があってキャラクターとしては悪くない。とりあえず、シリーズの残り二冊も読まされてしまいそうだ。
余談になってしまうけれど、本書のタイトル『亜愛一郎の狼狽』を見た時に、私は「亜愛」が姓で「一郎」が名前だと思った。そして、「子供の頃から出席番号では一番にしかなったことがなく、そのことに妙なコンプレックスを抱いている」という設定なんじゃないかと想像し、「ああ、やられたな」と思った。というのは、私のアイディアノートの中で十年以上眠っているネタの一つに、出席番号一番にしかなったことのない「相木」と出席番号でドンケツにしかなったことのない「和狼」(わろう)という二人が主人公の青春モノがあるのだ。(もっとも、実際には亜愛一郎の方が古かったわけだけれど)
読んでみたら「亜愛」どころか「亜」が姓だったというのには驚いたが、その名前の珍しさについては本書の中ではとくに語られず、当然出席番号云々という話も全く出て来ない。こんな珍奇な名前をつけておいてそれについて語らないというのは意外に思えるが、考えてみると主人公の素性などについても全く語られていないので、後の作品で改めて触れられることになるのかもしれない。そうではなくて、ずっとこの調子のまま主人公が謎の人物で終わってしまったとしたら、それはそれでなんだか凄いような気もするし、どちらにしてもあと二冊読まないといけないようだ。
…これは、完全に術中にハマッているかしら。