【本の感想】

『死者の奢り・飼育』

 何を隠そう、私は1994年のノーベル文学賞受賞のニュースで初めて大江健三郎氏の名前を知ったクチである。そんなことで胸を張っても仕方ないが、とにかくそういうことなのだ。当時は書店で大々的にキャンペーンなどやっていて、多少興味は引かれたものの、そんな状況下ではあまりにこっ恥ずかしくてとても買ってみる気にはなれなかったのだが、当然ながらそんな熱狂はあっと言う間に過ぎ去って、現在の書店ではゲーム攻略本やマンガ文庫の方が大いに幅を利かせている。そんな折にふと文庫本コーナーで大江健三郎という名前が目に留まったので、ああそう言えば一冊くらい読んでみようかと思っていたんだったなと、一番端にあった本をなんとなく手にとって買って来た。それが本書である。
 どうやら本書は初期短編集というような位置づけのものらしく、中でも『飼育』は芥川賞受賞作とのこと。最初に読む本としてふさわしいかどうかはよく判らないが、まあ短編集というのは読みやすくて良かったのじゃないかと思う。

 読み終えて最初に感じたのは、思ったより面白いな、ということ。こんな言い方は失礼千万だとは思うが、つまり何と言うか、思っていたよりも普通の小説だった、とでも言ったらいいだろうか。「大江健三郎作品は哲学的で難解だ」というような噂をなんとなく耳にしていたためだと思うが、これは嬉しい驚きだった。内容は確かに哲学的な部分もあるし、全体に重苦しい空気があったりはするのだが、それはそれでかなり素直に表現されていたり、小説として面白く読ませるための演出がしっかり形作られていたりして、とてもスムーズに読めた。これだったら、ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』の方がよっぽど厄介だったなあ、などと思ったりもして。(それはちょっと違うか(笑))
 かなり深みを感じさせる内容でありながら、あまりもったいぶった書き方がされていないところが、私としては気に入ったと言える。もう少し読んでみたくなった。
 ただ、その一方でちょっと引っかかるのは、全ての作品にいかにも旧日本的な「暗さ」がまとわりついていること。一口に暗いと言っても色々あるが、ある世代の日本の文化は、かなり同じ種類の暗さを共有しているような気がする。文学的な日本映画のほとんどが持っている、あのじめじめと重苦しい、息の詰まるような暗さだ。そういった作品は決してつまらないわけではなく、出来の悪いハリウッド映画を観る時の退屈とは程遠いパワーでグイグイと引き込まれるのだが、その泥のような暗さにはややウンザリすることもある。暗いことが悪いことだなどとは全く思わないが、その暗さの種類というか、そこから発せられる痛みを含んだ空気の臭いがみんな同じに見えることに、多少の嫌悪感を覚えるのだ。
 もしかすると、それは第二次世界大戦で日本という国が経験した「暗さ」なのかもしれない、と「ぼくらは戦争を知らない〜」と小学校で無理矢理歌わされた私は考えたりもするのだが、どうもそうではないような気もするので厄介だ。

1997/11/26
『死者の奢り・飼育』
大江健三郎 著
新潮文庫(お9-1)

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