【本の感想】(含ネタバレ)

『リング』

 なんでも、かつてないくらいに本当に怖い、斬新なホラー小説なのだとかいうかなりの評判を聞いたので、これは映画化されて話題になっているだけでもないのかなということで、ちょっと期待して読んでみた。

 確かに、かなり良く出来た小説だと思う。筋立てはミステリで、そこに昔ながらの怪談から学校の七不思議っぽい感覚まで折り交ぜて加えられ、更にハードボイルドやらSFの匂いもする。各種のエンターテイメントの要素がとてもうまく織り込まれていることに、まず感心させられる。語り口は論理的で明快なため読みやすく、飾り気たっぷりの文章でおどろおどろしい雰囲気を演出する旧来の「恐怖小説」とは一線を画している。むしろちょっとしたカタカナの使い方などに「若い」感じが出ているようにも思えた。小手先の技ではなく内容と筆力で勝負している感じに好感が持てる。
 「怖い」という意味ではどうかというとちょっと難しいのだが、とにかく読んでいて多少なりとも空恐ろしさのようなものを感じたことは確かだ。そういうものを感じさせてくれる小説がざらにあるかといえばこれはないのであって、その意味で確かに本作は「怖い小説」と言えるのかもしれない。でも、少なくとも「かつてない」ほどではなかったなあ。内容に関しては「斬新」という印象もなかったし。

 「見た者を一週間で死に至らしめる、呪いのビデオテープ」…。これだけ聞いたら冗談のようだが、本当にこれが本作の序盤でのメインとなる題材であり、これはこのまま最後までストレートに意味を持ち続けるのだ。この、なんとも笑っちゃうくらいに陳腐でありがちな題材に、おおよそ考え得る限りの説得力を付加して読者を恐怖させる、というのが結局本作の本質なのじゃないかと私には思えた。

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 これに加え、本作で扱われているのは「暗闇での背後への恐怖」、「古井戸に沈められた女の怨念」、「鏡に映る100年後の自分」、「受け渡される不幸の手紙(ビデオテープだけど)」と、どれもこれも素性が安っぽかったり手垢が付きまくっていたりする「怪談」の類だ。これに最近流行りの(ということはもう結構使い古されている)「遺伝子の意志」が加わったりもしている。なんともはや、である。これで「斬新」などと言われては片腹痛いけれど、こういった題材を一同に集めてちりばめ捏ね上げてある手腕は、大したものだと思う。更には、「幽霊」よりも「怨念」と言われた方が、「怨念」よりも「超常能力」と言われた方が多少なりともリアリティを感じてしまう読者心理を巧みに利用したストーリーテリングがなされていて、これにも感心させられる。なにしろ、これだけすっ頓狂で安っぽい題材を寄せ集めてこれだけの説得力を与えてしまったのだから、これはもう「凄い」と言うしかないだろう。

 それにしても、やはり首をかしげたくなる部分はかなりある。全体の大まかな図式をそのまま納得するにしても、だ。
 まず、山村貞子の断末魔の念がビデオテープに念写されたというのはいいとしても、それに「しまいまで見ろ」だの「○○しないと一週間後に死ぬ」だのというメッセージが(演出付きで(笑))刻まれるというのは、あまりにも具体的過ぎるように思える。犠牲者がビデオを見た後に電話がかかって来るというのは、更にいただけない。「あの世からの電話」だなんて、それこそ笑い話にもならない。しかも、主人公の妻子や高山竜司がビデオを見たときには電話はかかって来なかったのだ。なんでやねん?
 そもそもの超常能力の元が行者の石像だったというのも、ちょっといただけない。これは「あるところに恐ろしい力を持った女がおりました」で押し切ることが出来ず何らかの原因を設定せずにはいられなかった作者の律義さの現れではないかとも思うが、能力の元が行者の石像だとすると、その更に元は呪術を体得した行者の能力ということになって、結局は何も設定しないのと同じくらいに眉唾になってしまう。いや、むしろ「呪術を体得した行者」よりも、「何かの拍子に恐ろしい力を持って産まれてしまった女」の方が説得力があったりするんじゃないだろうか。
 「天然痘ウィルスの恨み」というのも、なんだかいかにも取って付けたような印象だ。「ウィルスの意志」ならまだそうかなとも思うが、「絶滅させられた恨み」というのはさすがにちょっと人間的過ぎやしないだろうか。もっとも、これについては単純に書き込み不足という気もする。もっと突っ込んで記述がなされていたら、他の(ネタとしては陳腐な)要素と同じようにある程度の説得力を持っていたかもしれない。
 「恐怖のビデオテープ」の目的が自らの複製による増殖だったというのも、あまり格好がついていないように思える。自己増殖するコンピュータウィルスというネタが既に使い古されているということもあるが、どうして他人に見せるだけではだめでダビングしなくてはならないのかとか、どうしてそれが主人公には即座に判断できたのかとか、この辺もちょっと書き込み不足のような気がする。第一、本当にそれが目的だったのなら主人公が謎解きする間にそれを教えてしまった方が好都合なわけだし、それ以前にそんなに強大な力を持っていながらガキどもに肝心の部分を上書きされちゃうなんてあまりにも情けないんじゃないだろうか。
 実は私は終盤まで読み進んだ時点で、オマジナイは「子供を作ること」なんじゃないかと予想した。ビデオを見た者に入り込んだ「何者か」が、その子供に宿ることによって覚醒し、増殖していくというシナリオなのではないかと。だから、最初に車の中で死んだカップルは慌てて「子供を作ろうと」していたんじゃないかとまで考えたのだが(笑)、どうもハズレだったようで残念だ。どちらかというと、ビデオテープのダビングよりもこっちの方が格好がつくような気がするのだけど。

 山村貞子の恨みの対象がマスコミと付和雷同する一般大衆だというのは、なかなか面白いと思う。しかし、結局は今一つ二つそれがうまく生かされていないように思える。一般市民を無差別に巻き込む理由付けということで片付けてしまうことも出来るが、個人的にはこちらの方向でもうちょっと突っ込んで欲しい気がする。そうすると、多少は全体に新鮮味が出てくるのではないかと思うのだけれど、どうだろうか。

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 それにしても、最後まで読んでもどうして本作のタイトルが『リング』なのかは判らなかった。続編である『らせん』と『ループ』も似たようなタイトルになっているところを見ると、それらを読むと納得できるような仕組みになっているのだとは思うけれど。単純に、物語の最初と最後がつながっているとかいうだけだったら怒るぞ。(それじゃドラクエだってば)
 そんなわけで、本作『リング』は『らせん』、『ループ』と続く3部作の第1部という位置づけの作品らしい。それでも本作だけを読んで感想を書くのは、最終巻の『ループ』がまだ文庫になっていないという現実的な問題もあるが(笑)、まがりなりにもそれぞれが単独で完結した作品となっているからには、それぞれを一つの作品として読んだ時点で感想を書いた方がフェアだと思うからだ。元々「公平な批評などではない」という逃げ道を用意して好き勝手を書いていながらフェアだのなんだの言えた義理ではないけれど、まあ、気は心ということでひとつ。(なんだそれ)

1998/03/20
『リング』
鈴木光司 著
角川ホラー文庫(8962)

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