実に久しぶりの島田荘司作品。かなり以前に『占星術殺人事件』を読んで御手洗潔というキャラクターがすっかり気に入ってしまい、『斜め屋敷の犯罪』と数々の短編は読んでいたのだが、その後の長編は本の分厚さに気後れして、気にはなりつつも敬遠してしまっていた。それが今度、御手洗潔登場編である『異邦の騎士』の改訂完全版なる文庫本を書店で見かけ、「そうかー、『完全版』ならきっと完全なんだろうなあー」などとわけのわからない感慨にとらわれてそのままレジへ持って行ってしまった。
以前(もちろん改訂される以前)読んだ人から「救いのない、暗い話だよ」と聞いていたので少々警戒していたのだけれど、自分で読んでみた印象は、そうでもなかった。確かにストーリーはかなり悲惨な暗い話であることは確かなのだけれど、描かれ方やキャラクターにかなり救いがあり、ドロドロでゲロゲロな印象、いやつまり、ただただ重苦しくて読んでいると胃まで重くなってくるような印象は受けなかった。むしろ、終盤では主人公の悲劇を一緒に悲しむような気にもなって来たのは自分でも少し意外だった。
はっきり言ってストーリーの構成も謎解きも特筆するようなところはないのだが、この作品には妙に感情移入を誘う魅力があるようだ。語り手である主人公の誠実さや弱虫ぶりに共感させられてしまうのか、主人公が記憶喪失であることで、読者と同じく何の予備知識も持たない状態から始まることが功を奏しているのか。もちろん、島田荘司氏の筆力なのだという言い方をすれば、その通りだろうとは思う。
この作品は、私にとっては謎解きがメインディッシュとなっているミステリー小説というより、謎解きがスパイスとなっている人情物語として、かなり楽しめた。どうしても各所に強引さは感じられるものの、ロジカルな要素が主体という印象がないので、あまり気にならない。
こうなると、どうしても後の作品も読んでみたくなってしまう。