【本の感想】

『クリスマスのフロスト』

 どうも、かなりの人気作らしい。書店ではシリーズで平積みになっているのをよく見かけるし、「誰某が選ぶなんとか」で1位になったりもしているようだ(これは皮肉でも伏せ字でもなく、本当に私にはその程度の認識しかないのだ)。多くの人がそんなに面白いと言うならちょっと読んでみようかというミーハー心で手に取ったのだが、買ってみてまた驚いた。この本は某所の丸善で他に5〜6冊の文庫本と一緒に買ったのだが、そのレシートを見てみると、「ブンコ…XXX円」という項目の羅列の中に一つだけ「クリスマスノフロスト…XXX円」という項目が輝いていた。いやはやなんとも、それだけ大したものなのだこの本は。

 ミステリ小説の謎解き役たる主人公は大抵、ある時は非常に有能である一方、ある時はとんでもないドジをやる。それは後に控える謎の解明をよりドラマチックにするためだったりストーリーに新たな展開を与えるためだったり、要するに話を面白くする演出としてそうなっているわけで、読者としてはどうしてもそこに作為的な匂いを感じてしまう。そして読者は憤慨してその作品の評価を落とすか、あるいは他の美点に免じて大目に見ることにするかを無意識のうちに選択することになる。多くの場合はそうなるのだが、この作品の場合はあまりそうならなかった。主人公が有能だったりドジだったりすることが、とても自然に感じられるのだ。それがこの作品の最大の魅力だと思う。…いや、唯一の魅力かもしれない。
 主人公のフロスト警部はとても人間臭く、魅力的なキャラクターだ。基本的にカッコ悪いオヤジだが、それでいて仕事への情熱とか人情味とか義理堅さとかの美点を持ったキャラクター…なんていうのは、世の中のあまたの小説、映画、TVドラマ等々の作品の中に、それこそ掃き集めて宇宙の彼方に放り出したくなるほど沢山いる。その中でフロスト警部が特別に輝いているのは、人間としての弱さと強さの同居がかなりリアルに、うまく描かれているからではないかと思う。上記のようなオヤジ主人公というのは、意外と芯の部分では非常に強靭な人物として描かれている場合が多いのだが、フロスト警部はそうではない。リアルな人間として、ちゃんと弱かったり強かったりするので、その「人間臭さ」にあまり作為的な匂いがせず、時に有能で時にドジだったりしても「ああ、そういうものかもしれないな」と思えるのだ。
 そんなわけで主人公のキャラクターが魅力的なこの作品だが、はっきり言うとその他にはとくに見るべきところはないように思えた。フロスト警部以外のキャラクターは類型的でつまらないし、ミステリ要素は「推理」などほとんど入る余地のない「真相はどれだ」式で、しかも非常にありふれた内容だし、会話やジョークもさほど気が利いているようには思えない。もっとも、フロスト警部が発するジョークは「気が利いていない」ことがキャラクターを強調しているわけだけれど。
 ストーリーの構成は割としっかりしていると思ったが、それで引っ張られるというほどのものではないし、所々にご都合主義も目立つ。ただ、終盤でそれぞれのキャラクターがチラリとにせよフォローされているのには好感が持てる。以前から何度も書いている通り、私は「キャラクターはメインの舞台から退場したらそれっきり」「事件に決着がついたらそれでストーリーもおしまい」という描き方にはどうも釈然としないものを感じるのだ。

 ともあれ、シリーズもので一番大切なのはキャラクター、とくに主人公の魅力だと思うので、その点でこの作品はOKなんじゃないだろうか。
 私もそのうち気が向いたら、続編を読んでみることになるかもしれない。

1998/12/23
『クリスマスのフロスト』
R・D・ウィングフィールド 著
芹沢恵 訳
創元推理文庫(Mウ8-1)

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