【本の感想】

『プリンセス・ブライド』

 もう、何年越しになるだろうか。知人に勧められて買ってみたものの、読まずにそのまま放ってあった本だ。それを今になって読んでみたのはどういうわけか、理由も一応あるようなないような、とにかく私にはそういうことがよくある(他の人にもよくあると信じたい)ので、まああまり深く追求するのはよそう。この作品を読んだ後では、余計にそんな風に思える。

 端的に言って、これは傑作だと思う。
 実に人を食った構造と筋立て、そして大胆なユーモア。それがこの作品の表面的な魅力だと思うが、私はそれだけではこの作品をこんなに気に入りはしなかったと思う。私がこの作品から感じ取った最大の魅力は、「物語」あるいは「フィクション」というものに対する研ぎ澄まされたセンスだ。
 この作品のタイトルページには、「真実の恋と手に汗握る冒険物語の名作」と書かれている。解説ページにではない。タイトルページにだ。実は作品中でこの事自体がまた皮肉られたりもしているのだが、とりあえずそれは置いておいても、この謳い文句がこの作品の性質を大雑把に言い表していると思う。自ら「名作」と名乗ってしまうほどに、「真実の恋と手に汗握る冒険物語」を思い切り突き放して描くというのが、この作品の基本構造だ。だとすると、「冒険物語」のセオリーやご都合主義を思い切り皮肉ったり茶化したりするのが趣旨なのかと思ってしまいがちだが、そうでないところがこの作品の最大の魅力だと私は感じた。
 この作品の中の「冒険物語」は、普通の意味でもかなり面白い。決してセオリーとご都合主義のカリカチュアではなく、物語として質の高い仕上がりになっている。もちろん皮肉だったり茶化したりという部分はふんだんにあるのだが、それは単純にありがちな構造や強引なご都合主義を槍玉に挙げるというわけではなく、「物語」と「読者の感じ方」の間に発生する効果を計算して、それを逸らしたり逆に読者自身に突きつけたりというような、より高度な芸を見せてくれるのだ。そして特筆すべきは、その結果醸し出される雰囲気がちっとも冷笑的になっていないということ。皮肉に、そしてコミカルに描かれる「冒険物語」は決して軽視されることなく、「手に汗握る」作品としてしっかりとそこに存在するのだ。これはもう、絶妙のバランス感覚と、そして冒険物語に対する真摯な愛情を感じずにはいられない。(もし私が完全に作者にかつがれているのでなければ、だが)
 暖かな皮肉とユーモアに手に汗握る冒険物語の傑作。それが、私のこの作品の評価だ。少なくとも、自ら創作活動をしたり、フィクションというものについて考えたりしたことのある人は、読んでおいて損はない作品だと思う。

1999/04/21
『プリンセス・ブライド』
ウィリアム・ゴールドマン 著
佐藤高子 訳
ハヤカワ文庫FT(コ1-1)

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