しばらくぶりの清水義範作品。
表題作の「ビビンパ」は有名な作品らしく、他の本の解説などでもチラチラと引き合いに出されていたので楽しみにしていたのだが、正直これはあまり面白くなかった。日本の文学界ではこういうった生々しいほどにリアルな会話というのは画期的だったのかもしれないが、あだち充以後のマンガ、山田太一以後のTVドラマを見慣れている世代にとっては珍しくもなんともなくなってしまっていると思う(ここに挙げられる作家名には異論もあると思うが、私は研究者ではないのでご勘弁)。この作品においてはやや悲しくも滑稽な父親像がうまく出ているのが好印象だが、やはりそれも珍しくはない。
この本で一番印象に残った作品は、「猿取佐助」。何も考えずに読み始めて、冒頭でタイトルをどう読むか判った時には不覚にも笑ってしまった。こんなストレートなギャグに素直に笑ってしまった自分が悔しいが、それだけこの作品の出来がスマートなのだろうとも思う。私は立川文庫というものを読んだことがないが、まさかこんなに読みやすいものではないんだろうな。
オチで笑わされたのは、「リモコン・ドラマ」と「平成元年の十大ニュース」。とくに「リモコン・ドラマ」の方は「なんだかあんまり面白くないなあ」と思いながら読んでいて、ラストでそう来るか、という感じ。色々と芸があるものだ。
「波瀾の人生」はとても面白い作品だと思うのだが、ラストにオチがなくてちょっと拍子抜け。私は基本的にラストにオチのある作品が好きらしい、と自分で再認識したりして。
「瞼のチャット」は、私にとっては馴染み深いパソコン通信のチャットを扱った作品。そっちの知識のない読者のために織り込まれるパソコン通信やチャット、またそこでの慣習や雰囲気に関する解説は私にとってはタルイものだが、割と簡潔に的を射た内容になっているのはさすがと感じた(細かい間違いはあるけれど)。まあそれ以前に、左綴じ横書きの作品が許されているというだけでもまず驚きだ。
そして、気になったのは「三劫無勝負」。とくにどうということはない、割と読後感の良い人情話なのだが、もしかするとこれは私の知らない何かのパロディなんだろうか、と疑う気持ちがわいて来たりするのだ。この本にはとくにパロディやパスティーシュでない作品も混じっているので、恐らく違うのだろうと思うのだが。またそれ以前に、この話のどこまでが事実でどこからがフィクションなのかがよくわからない。いや、これは単に私が歴史に疎いからなんだけど。まあ、そんなことにいちいちこだわるのも妙な話ではあるかもしれない。どうも、清水義範という作家の技の多彩さに幻惑されてしまっているようでもある。