島田荘司氏の、吉敷刑事を主人公とした作品を読んだのはこれが初めて。
作品の傾向自体が御手洗潔シリーズとはガラリと変わって、バリバリのリアル路線なのかと思っていたが、そうでもなかったようで、半ば安心、半ば拍子抜け。
謎解きと仕掛けに関しては、それなりに面白いが、とくに意外性があるわけでもなく、まあこんなものかという印象。独特の幻想的な演出を俗っぽいまでにリアルな日常性と対比して際立たせる手腕は、さすがに冴えている。しかし、あまりにもあざと過ぎるんじゃないかと思われる部分もあって、痛し痒しというところ。
発端となって読者の目を引きつけるのは「消費税殺人事件」という構図だが、結局これはブラフですらないこじつけで、実際には単なる計画的殺人事件だったというのはヒドイんじゃないだろうか。こういう過剰演出が島田荘司作品の魅力の一端であることも確かだとは思うのだが…。
吉敷刑事のキャラクターは、ドラマの主人公として非常に素直な、一般に受け入れられやすいものだと思うのだが、私にはどうもいただけない。どうしても考えの浅い「いい子ちゃん」にしか見えないのだ。やたらナイーブで悩みやすい割りにはあまり深くまで物事を洞察せず、それでいて自らの正義を信じて疑わないという、私の嫌いなキャラクターのタイプにはまっているように思える。
ラスト近くで吉敷刑事は短絡思考の上司の胸ぐらを掴んで怒鳴りつけ、一生平刑事でも構わないと息巻いて見せる。そしてすぐ後のラストで、「事件に深く関れば関るほど、一刑事の無力を思い知らされる」などという思いに浸ったりしている。これが矛盾しているとは思わず、それなら少しでも出世して力を得てやろう、と考えたりも全然しない、いかにも日本人的な小作人根性を見るような気がして、私はどうも好きになれないのだ。
それでもこの作品は、謳い文句の通り「社会派」と「本格」双方の魅力を併せ持つ希有なミステリー小説であることは確かだと思う。それが驚くほど画期的なことだとは私には思えないが、この作品一冊で、凡百の小説二冊分楽しめることは間違いないだろう。それだけのこと、と言ってしまえばそれだけなのだが。