【本の感想】

『ライトニング』

 手垢のついたプロット、ありきたりなキャラクター、安易で強引な展開、あからさまに作為的な道具立て…。なのに、こんなに引き込まれ、読まされてしまうのはどうしてだろう。これが作者のベストセラー作家たる筆力なのだと言ってしまえばそれまでなのだろうけれど、なんだか色々な意味で感心してしまう。
 正直に言うと、私は過去にこの作者の本を読んだことがあるかどうか、どうしても思い出せない。単に多作な作家だということもあるが、要するに「似たようなの」が沢山あって、どれも強烈に印象に残るようなものではないため、おぼろげな記憶の区別がつかなくなってしまったのだ。「個性がない」と切って捨ててしまうことも出来るが、それではこれだけの筆力で一時でも楽しませてくれた作者に対してあまりに失礼という気もする。
 極端な言い方をしてしまうと、この作品(もしかするとこの作者の作品全般)は、見事なまでに完璧に二流でB級なのだと思う。一流だったりA級だったりする部分がない代わりに、三流だったりC級だったりする部分も、ほぼ皆無なのだ。これはかなり凄いことだと思う。突き詰めて考えれば、娯楽作品としての分をしっかりとわきまえた上で、労を惜しまず万人受けするエンターテイメントを追求し、それに成功しているということなのだろう。その完成度と安定感は実に大したもので、何億ドルもの巨費を投じて作られたという触れ込みのハリウッド映画よりも、ずっと安心して楽しめる。ということは、娯楽作品として非常にハイクオリティであるとも言えそうだ。

 この作品の印象をとくに良くしているのは、全編に感じられる作者のエンターテイメントに対する自負と自信だと思う。まるで「一般にはこういうのが求められているんだよ」と言っているような、てらいのない書き切り方がむしろ清々しいのだ。ラストの「めでたしめでたし」の部分もやはりしっかりと書かれていて、私にはとくに好印象だった。何事も中途半端は良くない、という見本かもしれない。

 そんなわけで私はこの作品にかなり好意的な印象を持っているが、気になるのは主に二点。
 まず一つは、タイムパラドックスに関する考察がかなりお粗末なこと。まあこれは、そういうものだと割り切って読むことは充分に可能だし、アメリカには『ドラえもん』がないのだからある程度仕方がないとも思う。しかし、作中で『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を引き合いに出したりしながら、そこで扱われているパラドックスへの考察を完全に無視してしまっているのは、少々まずいんじゃないかと思った。
 もう一つは、やたら過去の作品を引き合いに出して主人公の「冒険」を相対化しようとする書き方に、やや食傷してしまったこと。ある時期以降の冒険活劇(あるいはサスペンス作品?)は、「まるで映画のような」事件が自分に起こっていることを主人公(や周辺のキャラクター)が自覚し、やたらとローンレンジャーやらスタートレックやらダーティーハリーやらを引き合いに出して、そのことを主張する。それを読者(や観客)が身近に感じることによって、リアル感や説得力が増すというわけだ。…が、それがすでに常套手段となってしまって久しい今では、リアル感を増すどころかそれ自体にマンネリを感じてしまうことも多い。この作品ではそれがやや目立っていたように、私には思えた。今後はこの手の作品ではあまりその辺りを強調しないように心がけるか、あるいはそういう手法を一切排除してしまわなくてはいけないのではないかと、ちょっと思った。

1999/08/11
『ライトニング』
ディーン・R・クーンツ 著
野村芳夫 訳
文春文庫(ク5-1)

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