【本の感想】

『眠り姫』三部作

 アメリカで絶大な人気を博し、日本でもベストセラーになっている、『眠れる森の美女』をベースにしたSMポルノ小説。私自身『眠れる森の美女』をベースにした小説を書いてみていることからも興味を引かれたし、第一そこまでの人気を得るポルノ小説というのはどんなものかと、読んでみたくなった。

 読んでみてまず感じたのは、非常にバランス感覚に優れているということ。SMという題材を扱うにあたっては、どうしても一般的に受け入れられ難い要素や描写が出て来るわけだが、この作品では「そっち」方面を思い切ってバッサリと切り落として万人向けに仕上げている。なにしろ登場人物が全員美男美女という時点で凄いのだが、各所でそういう強引な「お約束」がうまく機能して、ヤバイ部分を無いものにしつつもしっかりとSMが描かれていることには感心させられる。私はロクに読んだことがないのではっきりとは言えないが、日本の「耽美小説」の世界に近いのかもしれない。
 題材や仕掛けとしては『家畜人ヤプー』とか『ジュスティーヌ物語』とかを思い出してしまうものなのだが、これらの作品からヤバイ部分を切り落としたらカスしか残らなくなってしまいそうに思えるところを、「耽美」的な要素を触媒として盛り込むことによって、実にうまく一般受けするSMポルノに仕立て上げられている。作者は「乳母車を押している普通の主婦が、普通の書店であたりまえに買えるようなポルノ」を書きたかったのだそうだが、その目的はキッチリと達成されていると思う。ただ、それが今までになかった画期的なことなのかどうかは、私にはよくわからないが。

 ことほど左様に優れたセンスを見せるこの作品だが、小説としてのストーリーテリングや文章の表現力にはかなり不満が残る。…と言うより、ほとんど「お粗末」だと私には思えた。
 ストーリーの展開はとにかくモタモタしている上にやたらと単調。ポルノ小説である以上、エロティックな描写に分量を取られるためある程度仕方のないことだろうとは思うが、それにしてもヒドイような気がする。三冊目にしてようやくストーリーに多少の変化が出て来たりするのだが、だったら前の二冊の単調さは何だったんだと思えたりもする。登場人物の心の動きや変化も、なんだか非常に強引に同じことを繰り返しているだけのように思えてピンと来ない。単に私がSM的な心情を理解出来ないだけなのかとも思ったが、それにしても納得出来ないところが多い。
 文章は比較的読みやすいのだが、これも繰り返しが多く、表現としては非常に退屈。これがストーリーの単調さを強調してしまっているようだ。文法的におかしな部分も散見されるので、恐らく翻訳の責任も大きいのだろうと思うが、それにしてもこれが「ゴシック小説の女王」アン・ライス氏の文章とは、いささか拍子抜けだ。

 この作品を読んでみて、「売れる」要因となる光る要素をはっきりと感じたが、正直言って私にはあまり面白くなかった。ポルノとしてもあまりソソられなかったし、小説としては上記の通りお粗末だと感じた。ポルノかそうでないかに関らず、同じ作者の他の作品を読んでみたいとは思えない。
 ただ、アメリカにおけるポルノと日本におけるポルノの土壌の違いや、アメリカでは恐らく画期的なのであろうこの作品と日本の「耽美」「やおい」文化の類似性などを考えるのは面白いかもしれない。奇しくも(?)このシリーズのカバーは「耽美」系のイラストで飾られていることでもあるし。私もそちらへの考察に興味はあるが、知識が追いつかないので諦めている。

 それにしても、このダサダサの邦題は何とかならないんだろうか。いくらなんでも、今時「官能の旅立ち」はギャグとしか思えないのだが。

1999/08/31
『眠り姫、官能の旅立ち』
『眠り姫、歓喜する魂』
『至上の愛へ、眠り姫』
アン・ライス 著
柿沼瑛子 訳
扶桑社ミステリー(ラ2-9,10,11)

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