世界一有名な私立探偵、フィリップ・マーロウを主人公とするシリーズの第一作。レイモンド・チャンドラー氏の処女長編でもあるらしい。
以前、『長いお別れ』を読んだ時にも思ったのだが、このシリーズの唯一最大の魅力は、主人公のカッコ良さなのだろうと感じる。こんな言い方をすると「それだけ?」と思われてしまうかもしれないが、私のようなひねくれ者も含めたほとんどの読者が素直に「カッコイイ」と感じられるというのは、実はとてもとても凄いことなのだろうと私は思う。「カッコ良さ」とは何なのかをかなりとことんまで追求しないと、この域に達することは出来ないんじゃないかと思える。その中心に「誇り」あるいは「プライド」があることは確かだが、単純にそれだけではないカッコ良さには、惹き付けられずにいられない。
主人公のフィリップ・マーロウは、もしかすると世界人類の中で一番強いかもしれないけれど、決して完璧な強さではない心を持っている。「最強だが完璧ではない」というのは、ヒーローの基本である。その微妙なバランスを、淡々とした語り口の中でリアリティを損なわず、自然に読者に納得させてしまう手腕が、この作品(またはシリーズ)の一番の凄さなのではないかと私は思う。
うーん、カッコイイ。
どうも、このシリーズをはじめとするハードボイルド小説を「推理小説」の範疇と捉えて、いわゆる「本格」ものと同じ土俵で論じたり対比したりする向きもあるようだが、私に言わせれば馬鹿馬鹿しいナンセンスだ。道具立てが似ているだけで同じジャンルに組み入れようとするなんて、何も考えていないとしか思えない。江戸前落語と『宮本武蔵』を同じジャンルに入れようとするようなものだ。
もちろん、ハードボイルドというジャンル分け自体がどれほどの説得力を持っているのかも、私はよく知らないのだが。