そういうわけで(?)、フィリップ・マーロウもの長編第二作。
この作品でもフィリップ・マーロウは相変わらずカッコイイのだが、個人的にはちょっと首をひねりたくなるところが多かった。全体を覆っている雰囲気やキャラクターの立て方などはやはり非常にイイのだけれど、キャラクターの意思と行動にイマイチ説得力がないような気がする。ストーリーの展開と演出のために、やや強引に動かされている感じがするのだ。マーロウものではほとんど感じたことのなかったところなので残念に思ったが、よく考えてみるとこのテの作品でそういった強引さを感じないことはほとんどないので、その意味でこれまでに読んだチャンドラー作品はかなり凄いんだな、と逆に感心してしまったりして。
詳しい事情を知らないままケチな恐喝を続けていたジェシー・フロリアンの立場と心情がよくわからないこと、グレイル夫人はなぜマリオと一緒にマーロウも殺してしまわなかったのかということ、ジュールズ・アムサーは結局マリオとどうつながるのかということなど、釈然としない部分はいくつも残るが、中でも一番気になるのは、ラストで妙な演出のもとに大鹿マロイとグレイル夫人を再会させて、マーロウはどうするつもりだったのかということだ。二人で手に手を取って逃げるとでも思っていたのか?それとも、マロイはグレイル夫人に殺されるのが幸せだと思ったのか?どちらにしても、かなり僭越な話じゃないだろうか?
他にも、エピローグにおいてマーロウの台詞の中だけで全てを性急に決着させてしまっていることが気になったりもするが、一つ嬉しかったのは、アン・リアードンというキャラクターの存在だ。「半ば強引に自ら事件に首を突っ込んで来る、小利口で活発な若い美女」というキャラクターは私の最も苦手とするところで、こんなのが生意気な口をききつつしゃしゃり出て来て勝手に危険な目に遭った揚げ句、単なる幸運によって事件の解決に貢献したりした日には、私は本を床に叩きつけて踏み潰したくなる。それが映画だったらスクリーンをチェーンソーで八つ裂きにしたくなるし、TVだったらブラウン管に砲丸を投げつけたくなる。しかし、この作品のアンには腹が立たなかったし、むしろ好印象を持った。もちろん実際に向こう見ずな行動で主人公の邪魔をしたり勝手に危険な目に遭ったりということがなかったことも大きいが、純粋にキャラクターとしてそれなりに魅力的に描かれていたのだと思う。これがどんなに希有なことか、ピンと来ない人にはピンと来ないかもしれないが、わかる人には大きく頷いていただけると思う。
もっとも、作品全体の中でのアンというキャラクターの役割という見方をすると、それは単なるオカズだったということになりそうで、少々残念な気もしてしまうのだが。