【本の感想】

『グレイベアド』

 創元文庫の「'98復刊フェア」で復刊されたらしい作品。私が昔読んで気に入った『バービーはなぜ殺される』(ジョン・ヴァーリィ著)もこのフェアで復刊されていたりしたこともあって、何となく目についた一冊を買って来てしまった。全く無名の作品かと思っていたが、どうやら作者は『地球の長い午後』でヒューゴー賞を受賞したりもしている、かなりメジャーな作家らしい。

 一読してまず思ったのは、ある種のSF小説のお手本のような作品だな、ということ。ここでいう「ある種のSF小説」というのは、最初からSFであることを追求したり楽しんだりするのではなく、小説のテーマやメッセージ性を強調するために敢えて極端な、ひいてはSF的な設定を取り入れている作品のことだ。
 この作品は、核実験の影響で人類に全く子供が生まれなくなってしまい、やがて老人ばかりになって全てのものが朽ち始めているという設定の近未来を舞台としている。しかしそれは核の乱用に対する懸念を追求する目的ではなく(もちろんそれも多少はあるのだろうけど)、そうした舞台において主人公をはじめとする登場人物たちの人生観や悩み、大人と子供の関係、夫婦にとっての子供の存在などへの考察をより鮮明にするための設定だと思える。その意味で、この作品ではこの設定がうまく活かされていると思うし、淡々としたストーリーに彩りを添えることにもなっていると思う。全体として、非常によくまとまっている。
 しかし、私のこの作品に対する印象は、あまり良くない。SF作品にはどこかにもう少しエキサイティングな要素を期待してしまうということもあるのだが、それよりも更に大きな不満は、登場人物に面白味がないことだろう。とくに主人公夫妻が実に月並みに理想化されたキャラクターになっていて、しかもその会話は理屈っぽく口幅ったく、交わされるジョークもあまり気が利いているとは言い難い。その上やたらと登場する「愚かな人物」たちが「知性的」な主人公夫妻との対比で示す愚かぶりが非常にストレートで徹底しているため、下品なまでに強調された「知性優越」の価値観を押しつけられているように思えて気持ちが悪いのだ。私自身も基本的に知性の優越を認めるような価値観を持っている方なので、これは気をつけなくてはいけないな、と考えてしまったほどだ。

 この作品は1964年に発表されたものらしいが、表面的な古さは全くと言っていいほど感じられない。題材も演出も表現も、今読んでも何ら違和感はない。ただ、ストーリーテリングの手法や演出の効果などで、表面的には感じられない古さがあるのかもしれないな、とは思う。平たく言えば、発表当時に読んだ人はもっと面白く感じられたのかもしれないな、と思えるのだ。この辺のことは、とくにSFの歴史に詳しいわけでもない私にははっきりとした判断はつかないが。

1999/09/16
『グレイベアド』
ブライアン・W・オールディス 著
深町眞理子 訳
創元SF文庫(オ1-1)

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