【本の感想】

『つかぬことをうかがいますが…』

 この本の場合、水玉蛍之丞氏の表紙イラストに惹かれて買ってしまったというのが正直なところなのだが、元々こういった科学系雑学本が嫌いでないこともまた確かではある。
 というわけで、この本はイギリスの週刊科学雑誌「ニュー・サイエンティスト」のQ&Aコーナーに掲載された質問と回答をまとめたものなのだそうだ。そう聞くと単に一問一答式の雑学本かと思ってしまうところだが、読んでみるとこれが全然違う。このコーナーは基本的に質問も回答も読者からの投稿によるもので、一つの質問に対して複数の回答が掲載されている。回答側の投稿は至極真っ当なものからおふざけ混じりのもの、果ては完全なジョークまで様々なものがある。更に、前に掲載された回答の間違いを指摘したり、内容をくつがえしたりする回答も多くある。つまり、読者としては漫然と全てを鵜呑みにして読んではいられないのだ。これはなかなか面白い。
 質問の内容は、ほとんどがいわゆる「日常で感じた素朴な疑問」である。「しゃっくりという反射作用は何かの役に立っているんですか?」「スペースシャトルは、なんで打ち上げのあとわざわざ裏返しになるんですか?」といった、かなり明確な答えのある質問もあるが、「ビールを飲んだ後歩いていると左側に曲がってしまいます。なぜでしょう?」とか、「大きなスーパーで連れとはぐれてしまったら、じっと待つのと探し回るのではどちらが得策ですか?」などという、一見「なんじゃそりゃ」的であるだけに、厳密に科学的な考察をしようとすると非常に複雑な問題になってしまうと思われる質問も多い。こういう質問に対して様々な角度から様々な姿勢で寄せられた回答を読むのは、ちょっとBBS的なノリも感じられて、かなり面白い。中でも、「冷凍庫では冷たい水よりも温かい水の方が早く凍るって、本当ですか?」という質問に対する回答は、多くの読者の独自の実験や色々な方面からの説得力のある考察が入り乱れて、ちょっとエキサイティングでさえある。
 こういった面白さは、当然ながら普通の雑学本には全くないものだ。私の知る限りでは、この本以外に同種のものを見たことがない。スッパリと唯一無二の解答を示してはくれないので、普通の雑学本から得られる「自分が物知りになったような感覚」を期待してこの本を読むと、裏切られるかもしれない。しかし、この本は一冊全体を使って「唯一無二の解答なんて、そうあるものじゃないんだよ」ということを教えてくれている。科学というのは唯一無二の解答が出るものと思ってしまいがちだが、実はこんな風に様々な角度から沢山の情報を集めてガヤガヤやった揚げ句に「まあとりあえずこんなものかと思われます」という疑いを残した答えを出すことこそが科学的なんだな、と改めて認識させられた。

1999/09/26
『つかぬことをうかがいますが…』
ニュー・サイエンティスト編集部 編
金子浩 訳
ハヤカワ文庫NF232

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