【本の感想】

『リカちゃんコンプレックス』

 思ったより面白かった。
 リカちゃん人形の「本名」をペンネームとして使う若き女性精神科医のエッセイということで、かなり俗っぽい内容を想像してもいたし、このタイトルも単なる意味のないこじつけなんだろうと思っていたのだが、どちらも実際はそうでもなかった。とくにタイトルの方は、日本における「リカちゃんの世界」と現実との関係が時とともに変化して来た事実と、そこから導き出される目新しい心と認識の歪みというようなものを言い表しているようで、なるほどと思わされる。
 内容的には、正直言ってとくに斬新だとか深いとか感じるところはなかったのだけれど、全体的なバランス感覚というか、そもそもの視点の位置というか、そういうものにあまり他ではお目にかかれない部分があるように思えて、わりと新鮮な感じもした。
 学者が書いた一般向けの本というと、不自然なまでに平易な言葉だけを使って解りにくい部分は適当に無視して書かれ、結果として「読者をなんとなく解ったような気にさせる」だけの代物になっていることが多いのだが、とりあえずこの本はそうではなかった。全体的に気安く平易な文章の中で、必要な場合にはやや専門的な用語も使い、本当の意味で内容を読者に伝わりやすく書こうとしているんだろうなという、ある種の誠実さを感じる。ただ、そうして語られる内容が首尾一貫して真摯なものかというとそうでもなくて、テーマもその掘り下げ方も、そして文体までもがかなりバラバラで、とっ散らかった印象は否めない。そもそもあちこちの媒体に発表された色々な文章を寄せ集めて作られた本なのだから、これはある程度仕方のないことではあるのだろう。それでも、テーマの選び方にしてもそれに対する考察にしても、そして満足の行く考察にならなかった場合の自信なさ気な様子にしても、全体的に首尾一貫した真面目さと誠実さを感じる。それがまた、決して凝り固まったくそ真面目や自己陶酔型の誠実でないところが、著者の魅力なのだろうと思う。
 まあとりあえず、私としては著者がアニメやゲームにどっぷりと親しんでいる様子に大いなる親しみを感じてしまということもあるのだけれど、単純に感情的な親近感だけではなくて、現代においてはそれらに親しむことが既に普通であって、精神病治療にもそれが大いに役立っていると明言する著者の姿勢に、同感するところが大きいのだ。

2000/07/03
『リカちゃんコンプレックス』
香山リカ 著
ハヤカワ文庫NF184

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