【本の感想】

『マーチ博士の四人の息子』

 しょーもない。なんじゃこりゃ。
 主人公は、裕福な医師の館に勤めるメイド。医師夫婦には18歳になる四つ子の息子がいる。息子たちはみな体格も立派で成績も優秀、医師の自慢の息子たちだが、ある日主人公はこのうちの一人が書いたと思われる、殺人を告白する手記を発見する。やがて手記の中で予告された通りの殺人が起きるが、後ろめたい過去を持つ主人公はおいそれと警察に駆け込めない…。
 これがこの作品の導入部、だと思うでしょ。ところが、これが最後までずっとこのまま続くのだ。もちろん複数の殺人が起きたりはするのだけれど、とくに何かが展開するでもなく、ずううーっとこのまま続いて、最後に種明かしがなされて、おしまい。おいおい、いい加減にしてくれ。それなら短編でいいじゃん。
 導入部の図式としては、これはなかなか魅力的だと思う。私としても、裏表紙に書かれたこのプロットに惹かれてこの本を買ったのだし。全然目新しくはないけれど、色々と思わせぶりな楽しみを与えてくれそうで、後の展開を読んでみたい、という気にさせられたのだ。しかし、物語はひたすら殺人者の欲望の吐露とそれに対する主人公の恐怖と反発が綴られることに終始し、何も展開しない。四人の息子たちの誰が殺人者なのか、あるいは誰でもないのか、色々と迷わせてくれることを期待しても、常に息子たちは四人ひとまとめで描写され、「誰が怪しいかすら全然判らない」という意味の記述だけがひたすら繰り返される。これじゃあ息子が四人いる意味が全然ない。二人でも五人でも、二百人でも全く同じことだ。殺人者の書き綴る衝動や欲望にしても全く新鮮味がなく、むしろ「この手の小説でありがちな殺人狂」としか見えない。主人公もとにかくマヌケなばかりで、その上アルコール依存症で肝心な時にはベロベロになり、自らを危機に落とし込んで行く。勘弁してくれ、だ。
 結局は結末でどんな種明かしがなされるのかだけを楽しみに一冊分読み進んだわけだが、その内容もとくにどうということのない、考えられるいくつかの選択肢のうちの一つというだけのことだった。説得力も何もあったもんじゃない。トホホ。
 作者はこの作品がデビュー作で、それ以前はシナリオライターとして多くのスリラーを手がけていたとのこと。なるほど、この単調でありきたりで間抜けで、そして穏健で真面目で保守的ですらある物語は、確かにTVの「なんとかサスペンス劇場」に直接通じるものという気がする。だとすると、そういったTVドラマを楽しめる人には、この作品も楽しめるのだろう。逆に言えば、私にとっては全く面白くないことが確実なわけで、たまたまそういう作品に手を出してしまったのが不運だったということかな。

2000/09/29
『マーチ博士の四人の息子』
ブリジット・オベール 著
堀茂樹/藤本優子 訳
ハヤカワ文庫HM(オ2-1)

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