いやあ、トム・クルーズって凄いんだなあ。
…と、これは冗談でも皮肉でもなく、本当にそう思った。だいぶ以前、『カクテル』を観た時に、終わってから思い出してみてそのプロットのつまらなさに愕然とし、更にはそのつまらないプロットの作品を長時間退屈せずに観られてしまったことに驚異を感じた。これはつまり、脚本の質と役者の魅力で押し切られてしまったということだ。この『ザ・エージェント』にも、それと全く同じ感想を持った。
いやもう、とにかくプロットは本当に単純でつまらないのだ。強いて特徴を挙げるとすれば、主人公とヒロインが結婚したところでめでたしとはならず、その後のことが描かれているということくらいか。だからといって微妙な心理描写や葛藤の問題提起があるわけでもなく、図式としては単純そのもの。それなのに、トム・クルーズの演技でグイグイと引っ張られて見入ってしまうのだから驚きだ。もちろんこれはトム・クルーズだけがエライのではなく、この役者の魅力を最大限に引き出すスタッフの手腕が凄いのだろうとは思うが、それにしても感心してしまう。
何が凄いって、具体的に言うのはなかなか難しいのだけれど、例えば非常にありがちな場面で主人公がとても陳腐な台詞を長々とまくしたてるシーンがあるのだが、これをトム・クルーズがやるとかなり盛り上がりのあるシーンになってしまう。逆に、これをつまらない役者がやったらどうなるかと考えると恐ろしくなってしまうくらいだ。有り体に言えば、結局のところこの作品全てがそんな感じなのだけれど。
今時、「主人公が成功するかどうか」を素直に楽しめる映画などなかなかあるものじゃない。しかも、最終的に成功することは最初から判っているんだし。これはやはりもう、「トム・クルーズの魅力」と言ってしまっていいのじゃないかと私は思う。この作品は結局のところ、トム・クルーズが好きな人にはたまらない、嫌いな人には逆の意味でタマラナイ(笑)作品なのであって、つまりはそれだけのことなのだろう。私は、どちらかと言えば、好き、なのだろうと思う。
アメリカ製の低俗な映画を続けて観てしまってアメリカ人の国民性が嫌いになりそう、という時にこういう作品を観ると、あるいは救いになるかもしれない。トム・クルーズ(が演じる主人公)は、「これぞアメリカン・ヒーロー」だと私は思う。