【映画の感想】

『ムーラン』
★★★★

 これは、かなりイケてる。奇しくも(?)同時期に公開された20世紀FOXのアニメ『アナスタシア』とどうしても比較されてしまいがちだろうなと思っていたが、敢えて比べて考えるまでもなく、ディズニー余裕の圧勝といったところ。『アナスタシア』が実写映画のノウハウとノリを活かしつつ丁寧にアニメーションを作ろうと頑張った末にどうもチグハグな印象になっているのに対し、この作品は「Hey Hey!アニメ映画は映像と音楽の表現力なんだぜい!」と、考えてみれば当たり前のことをフルパワーで目の前に展開してみせてくれる。実際にはこれは「余裕」の成せる業ではないのかもしれないが、20世紀FOXが初めて作ったアニメ映画である『アナスタシア』と並べてみると、どうしてもそう思えて来る。

 この作品は、中国を舞台にした冒険活劇である。絵柄はあからさまに「東洋」を意識した雰囲気が演出されていて、私などは東映動画の初期の作品を思い出してしまう。一体どんな「中国」が描かれているのかと少々心配したが、実際にはその辺のハリウッド映画よりもずっとマトモにリアルな描き方がされていて、一安心といったところ。もちろん妙にアメリカナイズされている部分はあるのだけれど、それもこの程度なら却って面白い。父である将軍から初めて隊長の地位を任されたシャンが、嬉しさのあまり「お任せください、失望はさせません。全力でかならずや…」とまくしたてかけてから「沈黙の美徳」を思い出してグッと押し黙り、「イエス・サー」と言い直すところなど、妙な微笑ましさがある。もっとも、主人公であるムーランの性格の描き方からしてかなりアメリカ娘的ではあるのだけれど。

 この作品で凄いと思うのは、前述のように一にも二にも「映像と音楽による表現力」だ。例えばムーランが年老いた父に代わって戦場に赴くことを決意して行動に移す場面など、一言の台詞もなく、「ただそれだけのこと」なのに、胸にグッと来るような盛り上がりを見せる。「これからどうなるのか」とか「面白くなりそうだ」という期待ではなく、単純にその場面を見ていることを楽しめる盛り上がりを感じるのだ。これはかなり凄いことだと思う。このことは、この作品全体を通して感じる。
 具体的に考えてみると、とくに感心するのはカメラワーク(って言うのかな?アニメでも)とカット割り。基本的にはズームやパンなど基本技の組み合わせなのだけれど、これがまた実に元気に動き回るし、カット割りにはスピード感が溢れている。悪役登場の場面で足から上に画面がせり上がるのも、単に「それがセオリーだから」ではなく、これが一つの演出なのだと実感させてくれる。
 そして、その結果としての見事な結実とでも言おうか、悪役であるシャン・ユーとその手下たち(?)がシビレちゃうほどカッコイイのだ。キャラクターとしてはありがちな部類だしハゲオヤジだし、性格づけもロクにされていないような感じなので、いわゆる「悪役としての破滅的なカッコ良さ」は大したことがないのだが、とにかく「絵的にカッコイイ」のである。登場シーンや手下連と並んでの決めポーズ(?)など、強烈なカッコ良さだ。こういうのは本来日本のアニメが得意としていたところではなかったかと、ちょっと悔しくなってしまうくらいである。
 まあ、その悪役にしても、軍隊という設定なのにほとんどならず者の山賊という描かれ方としていることとか、やられる時は妙にあっけないとかいう不満はあるのだが、暗い色使いで描かれたシャン・ユーが逆光の背景に立ち上がる画面のインパクトで十分お釣りが来るように感じられてしまった。これは私自身がディズニー映画を観る時にある程度最初から期待を捨てている部分があるためかもしれないとは思って少々反省したりもするのだが、それでもやっぱりシャン・ユーはカッコ良かったのだ。ウン。
 ディズニー的ということで言えば、この作品にもご多分に漏れずマスコット的キャラクターとしてミニドラゴン(?)とコオロギが出てくるのだが、これらのいかにもマンガ的なキャラクターがそれなりにリアルな他の要素にうまく溶け込んでいたことも、特筆すべきかもしれない。コオロギはともかく、エディ・マーフィが声を演じるミニドラゴンは、意外に人間的な味が出ていたようにも思う。

 もう一つこの作品で好感を持ったのは、ムーランとシャン隊長の恋があくまでも「気持ち」の表現で描かれていたこと。そりゃあもちろん舞台が舞台だけに軽々しくキスシーンなんか出せないという事情もあるのだと思うが、ヒロインとヒーローがくっついて抱き合って、美しい景色をバックにキスシーンがあってめでたしめでたし、という「形」にこだわらず、二人のこれからを暗示する(まあ結構あからさまではあるけれど)ラストになっているのが好印象だった。この辺もモロに型にはまっていた『アナスタシア』とは好対照だ。このために、わりとハードなストーリーに恋愛の要素が無理なくマッチしているようにも思える。

 私はとにかく悪役のカッコ良さにシビレてしまったので評価の客観性にやや自信がなくなって来ているが(笑)、それでもこの作品はあまりディズニー映画を好まない人にもお勧め出来る一本だと思う。とくにアニメ一般に興味のある人には、ぜひ観ていただきたい。逆に言うと、いかにもディズニーというミュージカルの楽しさには欠ける作品なのかもしれないので、そちらを嗜好する人には今一つなのかも。
 私としては、久しぶりにLDが発売されたら買ってみようかと思う映画作品だった。もちろんもう一度じっくり観てみたいという思いもあるが、何よりも「絵的なカッコ良さ」の教材として、手元に置いておきたい作品なのだ。

1998/10/12
『ムーラン』
監督:バリー・クック/トニー・バンクロフト
製作:パム・コーツ
脚本:リタ・シャオ/クリストファー・サンダースほか
配給:ブエナビスタ

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