【映画の感想】

『ホーホケキョ となりの山田くん』
★★☆

 私は長年のいしいひさいち作品のファンなので、この映画を観に行くにあたっては大変な勇気が必要だった。いしいひさいち作品のひねりの効いた面白さは、高畑勲監督の執拗なまでにストレートなカラーとは全く相容れないものに思えたからだ。高畑監督は、鬼才いしいひさいちの原作を、どこにでもある「ほのぼのホームドラマ」として作ってしまうのではないか、そんなことをされたら、私は怒り狂って罵詈雑言を叫びまくり、街中を暴れ回って警官隊に取り押さえられる羽目になるのではないか、という不安にさいなまれ、結局「興行成績が思わしくないのでそろそろヤバイ」という報を聞くまで腰を上げられなかったのだ。
 勇を鼓して観に行った結果は、実のところ大筋では私の予想通りだった。しかし、映画の出来は、最悪の想像よりもかなりマシだった。

 端的に言うとこの作品は、原作を忠実に再現している部分は原作通りに面白く、それ以外の部分はつまらない。それでいて両者はかろうじて破綻せずにまとまっているので、一応見られる出来にはなっていると思う。
 ギャグマンガをアニメ化した結果が原作通りに面白いというのは、かなり希有なことだ。大抵は「間」の取り方がギクシャクしてギャグが滑ってしまうものなのだが、この作品ではその辺が実にしっかりと作られていて、原作通りのギャグに原作通りに笑うことが出来た。これは大いに評価すべきことだと思う。
 しかし、原作にないエピソードや演出は、あからさまにつまらない。つまらないだけではなく、あまりにもひねりがなくて面映いところが多い。また、原作に手を加えてある部分にもいちいち「なんだそりゃ」と思わされる。オチの部分を変更したためにギャグでも何でもなくなってしまっていたりするのだ。
 私が思うに、高畑監督の作風というのは、一から十まで「オヤジの説教」なのだ。世界中で声高に叫ばれていて、今では誰でも言いそうな内容を、とくに突っ込んで考えるでもなく本当にそのまんま、何のひねりもなく、全くストレートに、かつ丁寧に観客に提示して見せる。これはもう、誰にでも「これでもか」というくらい解りやすいという特徴はあるものの、私のようなひねくれ者には堪えがたいほどに口幅ったく面映く感じられ、まるで政府広報のTVCMを見せられているかのように、全身鳥肌状態になってしまうのだ。
 この作品で高畑監督が提示して来るのは、「家族の絆」や「家庭の平和」の大切さを中心とした、「古き良き人間性」の尊さだ。いしいひさいち作品の面白さは、そういったものをはるか遠くの奥の奥にチラリと感じさせながら、表面ではひたすらエキセントリックに、ややひねられた皮肉なユーモアが展開されるところだと私は思っている。それなのに、高畑監督は例によってひたすらストレートに、真顔では聞いていられないようなテーマをグイグイと押しつけて来る。これでは面白くなるはずがない。俳句を引用したり、歌を歌わせたり、派手目のイメージ描写をしたりといった演出も、非常に古臭くて全く効果が無い上に、そもそも方向性が間違っているのだ。
 作品中でも一番高畑監督のカラーが出ていたと思える「正義の味方」のエピソードは、当然ながら一番どうしようもない。他の部分では何とか踏み止まっていた「いしいひさいちの世界」から、この部分だけは完全に乖離してしまった。退屈なまでにベタベタの演出も、メッセージのひねりのなさも、口幅ったさも面映さも、ちょっと堪えがたいくらいだ。
 逆に言えば、この部分以外は、つまらない部分もどうにか踏み止まっているということでもある。もし全編が「正義の味方」の伝で埋め尽くされていたら、恐らく私は高畑監督に対して殺意すら抱いたと思う。作品の出来が「最悪の想像よりもかなりマシ」だったというのは、つまりそういうことなのだ。

 救われるのは、「原作通りに面白い」部分が相対的にかなりの分量を占めていて、恐らく全体の4割くらいには達していること。つまらない演出を見せられて多少ウンザリはするものの、面白いところはやはり面白いのである。

 映像的には、オープニングとエンディング(?)のイメージ描写などに、かなり凄いと思わせる部分があった。だが、演出としての描写自体がつまらないので、そういう映像を見ても一瞬「ほう」と思うだけで終わってしまう。
 また、巨費を投じてデジタル処理したという水彩風の画面は、確かに落ち着いた雰囲気を醸し出してはいたものの、同じ目的をセルでも実現出来ただろうと思える程度のものでしかなかった。これだけのために何十億円もの費用をかけたのだとしたらバカとしか思えないが、今後の制作のためのノウハウ蓄積という意味もあるのだろうし、今の段階では何とも言えないところだろう。

 結果としてこの作品は、いしいひさいち氏のカラーと高畑勲氏のカラーがせめぎ合い、全体として見ると「ちょっと毒の効いたほのぼのホームドラマ」という仕上がりになっている。いしいひさいちファンの私としては「そうじゃないだろう?」という思いにさいなまれ、非常に不本意ではあるのだが、最初からそういったものを期待して観るのであれば、この作品はそれなりによく出来ているのかもしれないとは思う。

1999/09/03
『ホーホケキョ となりの山田くん』
監督:高畑勲
脚本:高畑勲
製作総指揮:徳間康快
製作:氏家齊一郎/東海林隆/マイケル・O・ジョンソン
原作:いしいひさいち
音楽:矢野顕子

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