【映画の感想】

『マトリックス』
★★★★☆

 『スターウォーズ・エピソード1』を抜いて週間興行成績ランキングのトップに躍り出たこの作品、予告編を見る限りでは「斬新なSFX」というカビの生えた売り文句があながちフカシでもなさそうに思えたし、「複雑なストーリー」のサイバーパンク(ってのは既に死語かな?)的な題材だという評判も聞こえて来て、私としては珍しく、大変な混雑を覚悟で観に行った。
 率直な印象を言うと、ストーリーは全然複雑でもなんでもなかったし、SFXは大して斬新には見えず、期待していたものとはだいぶ違っていて拍子抜けはしたものの、ここ数年の間に見たSF映画、アクション映画の中では最も気に入った。

 主な題材は、今では口に出すのも恥ずかしい「バーチャル・リアリティ」。しかし、フィリップ・K・ディックやウィリアム・ギブスンの世界を期待してはいけない。この作品はハリウッド映画なのだ。いわゆる「認識」テーマらしい臭いもチラッとすることはするのだが、それはほんのオカズ程度で、全体としてはSF考証も何もあったもんじゃない、完全にご都合主義の世界。ただし、一応もっともらしい理屈を並べて見せたりはするという、マンガ的なバランス感覚が私好みだ。ストーリー自体にはとくに意外な展開があるわけでもないので、要するにこの世界の設定をなかなか理解出来ない観客が多くて、それが「複雑なストーリー」とか「二回観て初めて納得する」とかいう評判になってしまっているのかもしれない。だとしたら、ハリウッドでこの手の題材を扱った映画を作る場合には、内容的にはこの程度が限度ということなのだろうか。そう考えるとなんだかトホホな話で、制作者には同情を禁じ得ない。
 しかし、この作品の面白さはそんなところにあるのではない。SFXを駆使した「ド派手なアクション」にあるのだ。また手垢の付きまくった表現が出てしまったが、この作品に関してはこれが決まり文句としてのお題目ではなく、本当にそうなのだから仕方がない。ガンファイトやカンフーをはじめとする、超人的なまでに派手なアクションシーンが、この映画の魅力であり存在意義なのだと私は思う。ヴァーチャル・リアリティ云々は、要するに主人公たちが超人的なアクションを展開するために用意された「言い訳」としての設定なのだ。ここが納得出来れば、理屈の通らない部分も大目に見て楽しむことが出来る。そして、この作品のアクション映像にはそれだけの価値があると思う。
 まず強く感じるのは、日本のアニメの影響と思われる画面作りのカッコ良さと、香港のアクション映画の影響と思われる俳優の動きのスピード感だ。とくに後者は強く感じた。私は子供の頃から、アメリカのアクション映画ではどうしても俳優が本気で走ったり本気で殴り合ったりしているようには見えないことに不満と疑問を持っていた。『太陽にほえろ!』と比べても、『ダーティ・ハリー』はのんびり走っているように見えて仕方がなかったのだ。この傾向は、最近の映画でもあまり変わっていないように思える。しかし、この作品は明らかに違う。冒頭の追いかけっこのシーンから、逃げる方も追いかける方も、その他大勢の俳優たちも、明らかに本気で走っている。少なくともアクションを売りにするのであれば、こうでなくてはいけない。殴り合いや他のアクションに関してもそうだ。明らかに香港仕込みと思われるカンフーもかなり本気だし、ジョン・ウーばりにマンガ的な映像美を追求したガンファイトも大盤振る舞い。ここまでやってくれてこそ、観る方は理屈抜きで素直に楽しめるというものだ。
 もう一つ感じたのは、スローモーションという演出の有効性だ。スローモーションなどというのは実に古い映像手法で、演出としては定番中の定番というか、もはや使い古されてしまって露骨に使うのも気恥ずかしいような印象があるが、この作品ではそれを実にうまく使って映像効果を引き出している。もちろん最新の技術を駆使したSFXとの組み合わせだし、ある意味従来のスローモーションとは別物だと言えるかもしれないが、それにしても、単に映像がスローになるということがこれだけアクションシーンにメリハリを与え、全体としてのスピード感を増すのに役立つとは普通は考えないのではないかと思う。変に奇を衒うのではなく、真面目に映像効果を吟味してこうした成果をモノにしたと思われる制作者には拍手を送りたくなる。
 他にも、キャラクターの服装、背景の遠近感、敵役のビジュアル的なデザインなども含め、細かい部分でも各所に映像的な工夫が見られる。それらがうまく機能して効果を上げているからこそ、全体としてとても質の高いアクション映画になっているのだろう。とりあえず深刻な戸惑い顔をしているだけで絵になってしまうキアヌ・リーブスも凄いのだろうとは思うが。

 SF映画として見ると色々な部分に不満も出て来るのだが、それ以上にこの作品はアクション映画としてのクオリティが高いので、観終わった時素直に「なるほど、SFじゃなくてアクション映画だったんだな」と思えた。ただし、SFとして見ても、その辺に沢山転がっている何も考えていないSFモドキに比べれば、ずっとマシな出来ではある。結論としては、アクション映画が嫌いな人以外には「かなりお勧め」ということになるだろう。

1999/10/01
『マトリックス』
監督・製作総指揮・脚本:ラリー・ウォシャウスキー/アンディー・ウォシャウスキー
製作総指揮:バリー・M・オズボーン/アンドルー・メイソン/アーウィン・ストフ/ブルース・バーマン
製作:ジョエル・シルバー

to TopPage E-Mail