【映画の感想】(含ネタバレ)

『ハンニバル』
★★★☆

 公開前からなんだかやけに話題になっていた、『羊たちの沈黙』の続編である。
 ハンニバル・レクター博士のキャラクターが「イカレた天才殺人鬼」から「悪のヒーロー」にシフトしたことで、怖さの面ではかなり減点なのだが、私は個人的に悪のヒーローというキャラクターが大好きなので、結果としてはプラスマイナスが相殺された感じ。
 前作では強烈な魅力を発揮しながら主人公の扱いではなかったレクター博士が、今度は無敵のヒーローとして大活躍、という趣向なのだろうし、私としてもそれを期待して観に行ったわけだが、その点ではどうも今一つ。何というか、カタルシスが足りない気がするのだ。レクター博士はある意味非常に自己中心的な「悪のヒーロー」であり、それだからこそ「正義」にすら束縛されない、まさに無敵のヒーローなのだ。その対極として正義に束縛されまくるクラリスがいて、この図式があるからこそレクター博士の「悪」が全体の構図の中で一般にも受け入れられやすい収まりどころを得ているわけで、そういう意味では非常にうまく出来ていると思う。この枠組みを最大限に活かせば、もっと大きなカタルシスが演出出来るはずだと思うのだ。

↓ ネタバレ ↓

 カタルシス不足の原因だと私が考えるのは、主に二点。
 一つは、レクター博士の「天才ぶり」があまり演出されていなかったこと。前作では牢の中に居ながら易々と事件の犯人に至る道を示したり、派手なトリックで警察を出し抜いたりと、博士の天才たる頭脳が大活躍していたが、今回はどうもそういう趣向がない。もちろん博士が天才的頭脳の持ち主であることを示す演出はあるのだが、それを使って博士が大活躍、という趣向がないのだ。殺人の場面も、描写としては良く出来ていたが、意外性という面では大したことがなかったし。
 もう一つは、博士の行動が基本的に受け身であること。今回博士がしたことは、結局のところ自分と自分が愛するクラリスに降りかかって来た火の粉を払ったということに過ぎない。もちろん正当防衛の範囲ははるかに超えているが(笑)。言ってみれば今回は「レクター博士復活編」とでも題したくなるような内容で、どう見ても「活躍編」ではないように思えるのだ。

 それと、作品の中でどうにも納得出来ないところが一つある。レクター博士は、クラリスが助けに来なかったらあのまま豚に食われてしまっていたのか、ということ。無敵の悪のヒーローともあろう者が、あんなことでヤられてしまうのか? そして、それにもかかわらず、あんな余裕しゃくしゃくの態度でいたのか? それじゃあ単なる強がりか、負け犬の遠吠えということになってしまわないか?
 別に、レクター博士がクラリスに助けられて九死に一生を得ても構わないとは思うのだが、それならそれでもっと緊迫した演出が欲しかったと思うのは私だけだろうか。だって、無敵のヒーロー絶体絶命のピンチ、なんだから。

↑ ネタバレ ↑

 とは言え、この作品がそんじょそこらにある安っぽい映画とは一線を画す代物であることは間違いないと思う。画面にしろ音響にしろ演出にしろ、とにかく作りが丁寧だし、全体的に妙な説得力のようなものがある。そしてもちろんレクター博士のキャラクターも、非凡なものだ。正義や倫理にも縛られない悪のヒーローというのは、日本においてはそれほど希有な存在ではないのだが、それでもアンソニー・ホプキンス演ずるこのイカレたオッサンは強烈にカッコイイので、一見の価値はあるだろう。いわゆるホラー映画を求めて観に行くと拍子抜けしてしまう向きもあるかもしれないが、アメリカ代表の悪のヒーローを味わいに行くのであれば、損はしないと思う。

2001/05/13
『ハンニバル』
2000年アメリカ作品
監督:リドリー・スコット
脚本:スティーブン・ザイリアン/デビッド・マメット
撮影:ジョン・マシソン
出演:アンソニー・ホプキンス/ジュリアン・ムーア/ゲイリー・オールドマン

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