ミュージカル映画の新境地、ではあるんだろうな、きっと。
結局のところ、この作品は「暗く悲惨なミュージカル映画」というものを作れるのかどうか、という挑戦だったのではないかと思う。そして、その挑戦はある程度成功しているように見える。作品は文句なしに暗く悲惨な仕上がりになっており、ミュージカルシーンも「取ってつけた」印象にはならずにキチンと収まっている。「暗く悲惨なミュージカル映画」は実現したのだ。その意味ではパイオニア的な意義のある作品なのだと思うし、私としても賞賛するにやぶさかでない。…が、どうも「それだけのこと」になってしまっているように、私には思える。
いや、もちろん「それだけで充分価値があるじゃん」と言われればその通りだと私も思うのだが、純粋に作品として堪能出来たかという見地に立つと、どうも「そのこと」にこだわり過ぎてしまっている印象があるのだ。まずもって、ストーリーを暗く悲惨な方向に導くための演出が過剰、かつあざとく感じる。とくに中盤以降の主人公の「どんどん自分を追い詰めて行く」行動にはかなり説得力が欠けていて、見方によっては「ご都合主義」とも取れてしまう。全編を通じて現実世界の描写は「ドキュメンタリー風」のグラグラするハンドカメラのざらついた映像で、夢の世界たるミュージカルシーンになると「映画的」なカッチリと安定した画面になるという実にわかりやすい演出も、それなりに効果的ではあると思うが、どうしてもあざといと言うか、「ベタベタじゃん」という印象が強い。
まあそれ以前に、そもそも「息子を溺愛する母性」と「貧しさ」と「身体的障害」という「いかにも」な要素の合わせ技を出発点としている時点で、私などは斜に構えて見たくなってしまう部分があったりもするのだが。
もう一つ不満に感じるのは、この作品は「暗く悲惨なミュージカル映画」という新境地への挑戦をある程度成功させていながら、旧来のミュージカル映画の常識である「ミュージカルシーンは基本的に明るく活発」であるというセオリーから脱却していないという点。確かにその限りにおいてはストーリー進行や全体の雰囲気とミュージカルシーンとが乖離しないようにうまく収められているとは思うのだが、どうせだったら「しっとり暗いミュージカルシーン」を用意する方が自然なんじゃないかと私には思える。それがないために、作品全体としてあざといまでに「暗さ、悲惨さ」を追求しているにもかかわらず、どこか「突き抜けた」感じのしない仕上がりになっているように見える。こんな風に思うのは、私が演歌的な「お涙頂載」路線を見慣れた日本人だからなのだろうか。あるいは、そんな風にしてしまうと逆に、過去にあった何かに似てしまう危険があったりするのだろうか。ミュージカルにも演劇にも疎い私には、その辺の洞察が出来ないのだが…。
ともあれ、大方の評判通り、主人公を演じる女優の演技はなかなかのもので、観る者を画面に引き込む力はかなりのものがあると思うし、前述のように「新境地のミュージカル映画」としての価値だけでも一見に値すると思う。映画ファンとしては観ておいて損のない作品だと思うのだが、個人的に、公開当時に気味が悪いほど「各方面から大絶賛」されていたのは、どうもイマイチ納得が行かなかったりもする。もしこの作品を単純に「泣ける映画」として賞賛していたのだとしたら、それはむしろ制作者に対して失礼なんじゃなかろうか、と私は思うのだが。