スナップ・スクラップ(2002年)

命ある食べ物

 コンドルの檻に、バケツを提げた飼育係が入って来た。どうやら食事の時間らしい。
 昼下がりの千葉動物公園。休日なので人出が多く、小さな子供を連れた家族や遠足らしい幼稚園児の団体などで賑やかだが、全体に敷地が広いので、少しはずれの方に位置する鳥類コーナーは比較的静かで、のんびりとした風情だ。そう言えばついさっき見たハゲワシは、さかんに肉片をついばんでいた。単にそこにいるというだけでなく、何かをしている姿を見られるという意味で、動物の「食事の時間」に出くわすことはある意味ラッキーと言えるだろう。
 私が注目していると、飼育係はバケツから何か薄黄色い物をつまみ上げて、コンドルの方へ放り投げた。一瞬ピンポン玉のように見えたそれは音もなく地面に落ちると、ピーピーと声をあげて走り出した。それはヒヨコだったのだ。
 コンドルはとくに急ぐ風でもなく、ゆっくりとヒヨコに歩み寄って行く。ヒヨコはそこいらを走り回り、やがて檻のすき間から奥手の方へ入り込んだ。それでもコンドルは慌てもせず、ゆっくりと歩み寄る。するとほどなく、ヒヨコは同じすき間からコンドルの目の前へ駆け戻って来てしまった。どちらへ逃げればいいのかの判断もつかない、パニック状態なのだろう。コンドルは無造作にヒヨコを捕らえ、そのくちばしを自分のくちばしで塞いだ。ヒヨコはあっけなく窒息した。コンドルはヒヨコの羽毛をむしり始めた。辺りに薄黄色の細かな羽毛が、雪のように舞った。
 都会育ちの私にとって、これは少々ショッキングな光景だった。動物の飼育という見地から色々な意味で生き餌が望ましいのだろうし、それ以前にこれがあらゆる動物にとってある種の日常なのだということは解っているつもりでも、檻のすき間から一旦外へ出たのにまた戻って来てしまったヒヨコの姿には、いくばくかの哀れと残酷を感じずにはいられなかった。

 午後になって、私は子供向けの「ふれあいコーナー」で柵にもたれ、一頭のホルスタインを眺めていた。その牛はとくにつながれているわけでもないのになぜか柵のすぐ側に立ち、多くの人に触られるままになっていた。私はしばらくそこでこの牛を眺めていたのだが、その間にそこを行き過ぎる子供連れの親は、判で押したように同じことをするのだった。子供を抱き上げて牛の方に近づけ、こう言うのだ。
「ほーら、牛さんだよ。カワイイねえ。いい子いい子してあげなさい。」
 子供もこれで、大抵はキャッキャと喜ぶ。まあ、それはそうだろう。
 しかし、私はどうしても考えてしまう。この親たちは、この「カワイイ」「いい子いい子」の牛さんと、しょっちゅう食べている霜降りの肉片とを、どうつなげて子供に教えるつもりなんだろうか。いや、それ以前に自分の中ですらつながっていないんじゃないだろうか。
 そんなどす黒い気分が腹に溜まって来るのを感じながら、なおもそこでそうした光景を眺めていると、今度は少し違った考えが浮かんで来た。
 いつかTV番組で見た、アフリカのサバンナの景色を思い出したのだ。日夜熾烈な弱肉強食の闘いが繰り広げられているそこではあるが、闘いがない時はむしろ意外なほどにのんびりとした空気が流れているらしい。腹を空かせていないライオンは、目の前を通り過ぎるシマウマをのんびりと眺めている。シマウマの方も危険がないことを知っていて、悠然と草を食んでいる。してみると、食べる必要がない時には「カワイイ」「いい子いい子」と慈しみ、いざ食べるとなったら同じ相手を容赦なくぶち殺すというのが、むしろ動物として自然な反応だったりするんじゃないだろうか。だとすれば、今ここにいる沢山の頭の悪そうな親たちも、動物として自然な反応を示しているに過ぎないのかもしれないなあ、と。

 数日後、食事時にTVをつけると、カナダはトロントの高層ビル街に生息するハヤブサに関する番組が目に入った。高層ビルのてっぺんから急降下することで速度を得て狩りをするのだとか、トロントの市民から手厚く保護されているのだとかいうことは、まあどうでもいい。ハヤブサは一体そんなところで何を食べて生きているのかというのが私の疑問だった。答えは、主にハトなのだそうだ。
「ああ、なるほど。ハトならそこら中に沢山いるから、少しくらい食べられても全然問題ないよなあ。」
 反射的にそう思った直後に、私は数日前に見たヒヨコの姿を思い出した。数から言えば、ヒヨコはハト以上に沢山いるはずだ。なるほど、これが「動物としての自然の反応」というやつか…?
 とりあえず、食べ物はこれまで以上に感謝の念を抱きつつ食べたいものだと、それだけを結論とすることにした。

2002/10/30

死ぬのはどっちだ

 最終電車を待つ駅のホームでのこと。疲れと暑さで少々神経がイラつき気味の私は、ある人物に殺意を抱きそうになっていた。
 私の左手、7mほど向こうには、金髪を逆立てた兄ちゃんがウンコ座りをして、携帯電話をいじっている。FM音源12和音と思われるサウンドで最近の流行曲あれこれを賑やかに鳴らし、着メロを物色しているらしい。兄ちゃんがしゃがんでいる位置は階段のすぐ脇で、少々通行の邪魔にもなっているようだ。
 一方私の右手、やはり7mほど向こうでは、白髪頭に銀縁眼鏡のサラリーマン然としたオヤジがスーツ姿で、悠然と煙草をふかしている。もちろん駅のホームは終日禁煙だし、オヤジが立っている位置は喫煙所からかなり離れている。やがてオヤジは喉をゴロゴロと鳴らし、線路に向かって痰を吐いた。我が世の春といった風情である。
 私の殺意は左右どちらに向けられていたのか。もちろん、右である。公衆衛生の侵害という見地で客観的に比較しても左の兄ちゃんより右のオヤジの方が何倍も悪いと考えられるし、それ以前に私への個人的迷惑という見地ではオヤジの方が数百倍極悪だ。個人的な感想としては、左の兄ちゃんに対しては「どこか他でやってくれよ」だが、右のオヤジに対しては「即刻くたばれ」である。もう少し冷静にそれぞれを評価してみても、左の兄ちゃんは「場所柄をわきまえないマヌケ者」だが、右のオヤジは「禁煙の意味を理解出来ない、あるいは理解しても平気で無視出来る異様な神経と想像力というものがカケラもない頭脳を持つ低能」である。
 古代のピラミッドから出て来た石板にも「最近の若者はけしからん」と書いてあったという話は有名だが、実際にこうして自分の右と左を比べてみると、口が裂けても「最近の若者は…」などとは言えない、とつくづく思う。正直なところ、私としても今の時代の若い人たち(の一部)のファッションセンスや話し方のバカっぽさに頭痛を感じることはよくあるのだが、それを根拠として若い世代のセンスや品性が低下していると結論づけたりするのは、自分のセンスと品性と知性がどれほどちっぽけでセコイものであるかを証明することにしかならないのだろうと思う。
 ご同輩諸君、気をつけようじゃありませんか。

2002/07/09

風物詩なのかな

 近頃は、大手スーパーの電気製品売り場と言えども、かなり大きな売場面積を誇り、家電からコンピュータ関係までかなりの品揃えをしているところが増えているようだ。もちろん自作パーツなどはほとんど扱われないが、いわゆる上級ユーザー向けの製品などまでしっかりと揃っていたりするし、消耗品や小物は下手な専門店よりも充実していることがある。
 その日私は、やはりそうした大きな電気製品売り場を、友人と二人でブラついていた。最近になって新装開店したとのことなので、どんな感じになっているのか様子を見に来たという恰好だ。店内はそれなりに賑わっていたが、通路が広く取ってあるので窮屈には感じず、楽に見て歩ける雰囲気が好ましい。この辺りは、最近の大型店舗の共通点でもあるようだ。しかし、品揃え的には可もなく不可もなくといったところで、私や友人の興味を引くものはとくに見当たらないようだった。これは隅々まで見ても仕方がないかなと思い始めた頃、私はふとすれ違った女性が気になり、立ち止まって振り返った。その女性は両手にそれぞれ重そうなダンボール箱を提げていて、正確には私が気になったのはその荷物だったのだ。女性が右手に持っている箱には、大きく「VAIO」の文字。色も、お馴染みのものだ。ノートPCを買ってそのまま持ち帰る人は、もちろん全く珍しくない。そして、ノートPCと一緒に何かを買って持ち帰る人も、また少なくないだろう。そういう場合、その「何か」はインクジェットプリンタであることが多いように思う。秋葉原などでは、片手にノートPC、もう片手にインクジェットプリンタの箱を提げてエッチラオッチラ歩いている人を、よく見かける。買い替えなどでなく新規にノートPCを買う人は、年賀状作成などの用途にプリンタも欲しいと思う場合が多いということなのだろう。つまりその時私が気になったのは、あの女性も左手にはプリンタを持っているのかな、ということだった。全くの興味本位で申し訳なくもあるが、ちょっと見るくらいいいだろう、と目を凝らした私は、少々意外な思いを味わうことになる。女性が左手に持っていたのは、「トルネード掃除機」の箱だったのだ。
 しばし呆然としている私に友人がどうしたのかと尋ねるので、なんだか意外な組み合わせで買い物している人を見てしまったと話した。それを聞いた友人は即座に、そしてこともなげに言った。
「ああ、ボーナスが出たんだね。」
 更に意外な展開を見せた事態に、私は眩暈を感じた。…そーゆーものなのだろうか。そういう方向からの考えが全く浮かばなかった私は、何か偏っているのだろうか。友人の推測が当たっているのかどうかはもちろん判らないが、とにかく私は「やられた」感が否めなかった。何に、どう「やられた」のかは、自分でもよく解らないが。

2002/07/02

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