「我が社は今、重要な局面に瀕している!」
スダレ頭の企画部長は、そう言い放った。
彼は、細長いテーブルを囲んでいる若手の社員達が神妙に話を聞いているのを確かめてから、後を続けた。
「最近のファースト・フード等の台頭によって、特に若い層の菓子パン、惣菜パン離れが目立つようになって来た。我が(株)山柿パンも、ここ数年売り上げが伸びなやんでいる。」
若手社員達は、うつむいてしまった。彼らは、たった今、マグロナルドやぽかぽか弁当の昼食をすませたばかりなのだ。
「そこで我々企画部としては、ここらで一発画期的な新製品の企画を出したい訳だ。」
急にくだけた口調になった企画部長は、若者達を励ましているつもりらしい。
「君たちの若い頭脳で、今の時代にマッチした、ナウいアイデアを出してほしいんだ。どうかね。」
「は、はぁ・・・。」
そんな訳で、若手社員達と企画部長とで一通りの議論が交わされたが、急に言われて良いアイディアが出る筈もない。
企画部長はだんだんと不機嫌になってきた。それを察した若手社員たちは、話題を途切れさせまいと必死になった。
「い、今、アメリカなんかではどんなパンが流行ってるんでしょうね。」
「うーん、むこうには、あまり変わったパンは無いんじゃないですか?トウフ・ブームなんてのはありましたけどね、ハハ・・・。」
「それだ!!!」
「はぁ!?」
若手社員の一人が冗談めかして言った言葉が、部長の耳にとまってしまったらしい。
「それだ、それだよ君、私が求めていたアイデアは!」
「は、はぁ・・・。」
「うん、いいよ君!パンに豆腐を入れる!これは売れるぞ!」
「へ!?」
「へ?じゃないよ君。豆腐パン!うん、いけるぞ。商品名は・・・そうだな・・・、うん、<カリホルニア・トーフ・ドリーム>!これで決まりだ!!」
「カ、カリフォルニア・・・。ど、何処から出て来たんですか?」
「根拠なんぞないよ。ヒーリング。ヒーリングだよ君!」
「はぁ・・・。フィーリングですか・・・。」
三日後、同じ会議室に重役達が集まった。新製品の企画が出ると、重役試食会でそれを検討するのが、(株)山柿パンの昔からの習慣なのだ。
今、ズラリと並んだ重役達の前に一つづつ、皿に乗った<カリフォルニァ・トーフ・ドリーム>が置かれている。真ん中の席にいる企画部長は、得意満面だ。
「では、お召し上がり下さい。」
号令とともに、重役達が一斉に一口目をかじる。
「・・・・・・・・。」
誰も言葉を発しなかった。
全員が青ざめた顔で、口の中の物の処置に困っている様子だ。
唯一人、企画部長だけは、青ざめるのを通り越して、蒼白な顔をしている。今になって、やっと自分の軽率さに気付いたらしい。
その時、廊下に続くドアが荒々しく開き、そこから企画部の若手社員の一人が、息を切らせて入って来た。
「部長、大変です!」
「な、何だ。一体どうした?」
企画部長は、蒼白な顔で、なおも焦りまくりながら尋ねた。
「それが、その製品、か、<カリフォルニア・トーフ・ドリーム>と同じものが、二村パンから<マンハッタン・トーフ・パラダイス>という名前で、既に出ているんです!」
全員がその場に突っ伏した事は言うまでもない。