ショートショート作品 No.020

『白旗』

 銀河戦争末期。帝国軍、共和国軍、双方は、文字通り末期的な状態だった。両国とも疲弊は著しく、特に人材の欠乏は深刻だった。勇猛果敢な武将など既に皆無に等しく、残っているのは歳若い新兵ばかりであった。そして、その若い兵士達はことごとく、軍の上層部の老兵達と価値観を異にしていた。彼らには、戦意というものが欠如していた。
 帝国軍元帥、ディエル・ヘス・ラウロンは、この事態に頭を抱えていた。
 宇宙戦艦による艦隊戦のさなか、元帥が命令する。
「自らの体を楯にしてでもその区域を死守せよ!」
 兵たちは口々に言う。
「今時、そんな事するやつがいるかい?」
「まったくだ。上の方の連中は、頭がどうかしてるよ。」
 そして、ある艦はさっさと撤退してしまい、ある艦はするすると白旗を掲げ、降服してしまう。
 敵に包囲された艦隊に元帥がが命令する。
「血路を開いて脱出せよ!それがかなわぬ時は、最後の一兵まで戦い、祖国の為に名誉ある死を選べ!」
 兵たちは言う。
「この包囲を突破しろだなんて、ムチャクチャもいいとこだ。被害が大きくなるだけだよ。」
「死んでから名誉を受けたって何にもならない。命あっての物種だ。」
 やはり、さっさと白旗を掲げてしまう。
「一体、最近の若い者は何を考えているのか、さっぱり分からん。何かというとすぐに白旗を掲げてしまいおって・・・。これでは戦争にならん。」
 困り果てた表情の元帥を見かねて、副官のコッパー少佐が声をかけた。
「閣下、こうなっては致し方ございません。艦の備品から白旗をはずしてはいかがでしょう。」
「しかし、それではあまりに・・・。」
「いいえ、近頃の若い者には帝国に対する忠誠心が著しく欠けておりますれば、これくらいの荒療治は必要かと存じます。このままでは我が軍将兵の質は落ちて行くばかりでございます。」
「ううむ、そうかもしれんな・・・、よし!」
 こうして、帝国軍宇宙戦艦の備品リストから、白旗が削除された。
 そして、ラウロン元帥は、実に全兵力の半分を投入し、最近敵に奪われた区域の奪回作戦を発動した。白旗に頼れない兵たちは、きっと必死に戦ってくれるに違いないと、ラウロン元帥は内心で期待していた。
 しかし、もたらされた報告は、元帥をひっくり返させるのに充分な内容だった。作戦に参加した全艦隊が、敵と一戦も交えずに降服してしまったというのである。
「し、しかし、艦に白旗は無い筈・・・!」
 通信兵に向かってそういうコッパー少佐も、顔面蒼白だった。
「それが、簡易ベッドのシーツを縫いあわせて白旗を作ったそうで・・・。」
 帝国軍宇宙艦隊にその人ありと、銀河系全域にその勇名を轟かせたラウロン元帥も、当代随一の戦略家として敵に恐れられたコッパー少佐も、発するべき言葉を失ってしまった様である。

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「なんでも、やっこさん達、戦場につくまでレーダーも見ずに、全艦隊で裁縫やってたらしいぜ。」
 一同から笑い声が上がった。
 兵員宿舎の食堂にたむろしているのは、ラウロン元帥やコッパー少佐の言う、<最近の若い者>達である。
 彼らには第二派艦隊としての出動命令が出ている。最後の決戦である。出港は明日。
「それにしても、まいったな。シーツは花柄にされちまったし、今度は乗艦の際に持ち物検査をして、白い布は一切持ち込ませないっていうじゃないか。」
「だんだん学校じみて来たな。」
 また笑い声が上がったが、それがおさまった時、一同を重苦しい雰囲気が包んでいた。
「・・・今度ばかりは、覚悟を決めるしかないかな・・・。」
「いやだねェ・・・。」
「なにかいい知恵ありませんか?ヤマグチ少尉。」
 声をかけられたのは、この中では一番年かさで階級も上のケイ・ヤマグチ少尉だった。
「まあ、ない事もないがな・・・。」

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 翌日出港した大艦隊は、やはり、敵と一戦も交える事なく、全艦が降服した。
 この時掲げた白旗の材料となったのは、ヤマグチ少尉の連絡により全兵士が着用していた、古代ニッポンに伝わる究極の下着、フンドシであった。
 こうして帝国軍は敗れたのである。


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