サンフランシスコのとあるホテルの一室。俺はついに我慢出来なくなり、その作戦を実行に移した。それは、一大決心だった。
まず俺は、フロントに電話して、ボーイを呼ぶ事にした。<9>を押してフロントに電話をつないだ俺の前に、早くも言葉の壁が立ちはだかった。
{しまった!何と言えばいいのか考えていなかった!<これで通じる!旅行用イージー英会話300(携帯板)>で調べてからにすればよかった・・・。}
そう思っても後の祭りだ。
{何とかボーイをよこすように言わなくては・・・。ええい、ままよ!}
「ぼ、ぼーい、ぷりーず?」
{お、俺は何を言っているんだ!}
「ペラ?ペラペラペーラペラ・・・」
ガチャン!
{いかん、思わず切ってしまった!・・・ま、まァいいさ。いきなり早口で喋り出す方が悪いんだ。}
コン、コン
ノックの音がした。
{なんだ、ちゃんとボーイが来たじゃないか、適当でも結構通じるもんだな。}
ドアを開けた俺の前に立っていたのは、メイドだった。
{メ、メイドなんかよこしやがって!ちゃんとボーイって言ったじゃないか。さてはフロントめ、俺が言葉が分からないと思ってバカにしてやがるな!}
要するに、フロントに訳のわからない電話があったので、このメイドが様子を見に来たのだった。
{ふん、まあいい。メイドでも用は足りるんだ。}
「ほ、ほっとうおーたー、ぷりーず?」
俺はお湯が欲しかったのだ。しかし、メイドはそれが判らないらしく、首をかしげてキョトンとしていた。俺は繰り返して言った。
「ほっとうおーたー!ぷりーず!」
「ウォッカ?」
「ノーノー、ほっと、うおーたー!」
メイドは相変わらずキョトンと首をかしげている。日本人なら普通、ここまで来たら何とかしようと思うものだが、アメリカ人はのんびりしている。
言葉で伝える事をあきらめた俺は、ジェスチャーで判らせる事にした。お湯をどうやってジェスチャーで表わすか考えたあげく、ヤカンの真似をする事にした。
俺は口をとがらせ、顔を真っ赤にしてピーピー言った。笛吹きケトルの真似をしたのだ。メイドはそれを見て笑った。ケタケタとさんざん笑ったあげく、そのまま帰った。
「馬鹿野郎!!!俺はてめぇに芸を見せるために呼んだんじゃねぇ!俺を何だと思ってやがる!お客様だぞ!お客様は神様だぞ!!オー、マイゴッドだぞ!!!」
俺は立て続けにセーラムライトを三本吸った。その間にだいぶ気が落ち着いて来た。
{・・・ふっ。俺としたことが、取り乱しちまったぜ。考えてみりゃあ、お湯なんて、バスルームにいくらでもあるじゃないか。}
俺はスーツケースからそれを取り出して、外側のビニールをバリバリと取った。
{フフ・・・。この白いスチロールの軽薄な容器が、ジャパニーズ・スピリットを感じさせるぜ。}
のれんのマークの付いたフタをべろんと半分ほど開け、俺はバスルームにむかった。カップうどんを作るにはバスルームのお湯ではぬるすぎるという事に気付いたのは、栓をひねってからだった。
{ま、まァいいさ・・・。普通より少し長く待っていれば食えるだろう。}
そして、俺は10分間待った。もともとぬるかったものが余計に冷めて、それは既に湯気も出ていなかったが、それでもなつかしいカツオの香りが俺の食欲をそそった。水滴の付いたフタをべろりとはがした瞬間、俺の全身を戦慄がはしった。
{しまった!・・・箸がないっ!!!}
手づかみで食べる<赤井けつね>の味は、目頭にしみた。
・・・日本はいい国だ。