ショートショート作品 No.025

『受験生』

「おや良太、どこに行くんだい?」
「どこって、大学の入試を受けに行くんだよ。」
「入試?お前、今年受験だったのか。ちっとも知らなかったよ。で、どこを受けるんだい?」
「今日受けに行くのは東大。東京大学だよ。」
「ひゃっ!東大!お前が!?・・・まあ、今はそういう時代じゃないんだったな。」
「そう、僕にだって受かるチャンスはあるんだよ。もっとも、さすがに倍率は高いけどね。今年は187倍だって。」
「うーむ、受験も変わったもんだな。だいいち、昔の受験生はもっとピリピリしてたもんだ。受験戦争が社会問題になっとったんだがな。」
「あはは、おじいちゃん、一体いつの話してるのさ。僕が生まれた時にはもうそんなものなかったよ。」
「うむ、そうだな。で、どこまで行くんだ?」
「水道橋だよ。」
「ふーん、JRで行くのか?」
「いやだなあ、おじいちゃん。JRがNRMになってからもうすぐ2年になるよ。いい加減に慣れたら?少しボケて来たんじゃない?」
「なにを言っとる。まったく、最近の若い者はすぐに年寄りをばかにしおって。どうせわしは平成生まれの骨董品じゃよ。」
「まいったな、そんな、いじけないでよおじいちゃん。冗談だよ。おじいちゃんはまだ若いって。この町内だけでも、昭和生まれが3人もいるんだしさ。」
「ふん、まあいい。年寄りは年寄りらしく、町会会館に行ってRPGでもやるかな。」
「そうしなよ。じゃ、僕は行って来るよ。」
「ああ、頑張っておいで。」
 東京ドームには、約4万人の受験生がつめかけていた。観客席にひしめく彼らの熱気で、ドーム内はムンムンしていた。
 やがてマウンドにしつらえてある演壇に試験官が上ると、その姿がバックスクリーンのプラズマ・ビジョンに大写しになった。
 試験官はマイクを手にすると大きく息を吸い込んだ。そして、拳を振り上げるとともに叫んだ。
「みんな!東大に行きたいか!!」
 すかさず観客席から大歓声があがる。
「オォーッ!!」
「浪人は恐くないかァ!!!」
「ゥオォーーーッ!!!」
「よおぉーし!それでは第1問!」
 西暦20XX年。若者達は青春を取り戻したようだった。


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