ショートショート作品 No.041

『英雄の条件』

 真は死んだ。その死に顔は、寂しげに微笑んでいるように見えたそうだ。
 真は殺人鬼だった。少なくともマスコミはそう言っていた。真が殺したのは全部で五人。二人目は赤ん坊だった。これでマスコミのご立派な「報道」に火がつき、それによって警察の尻にも火がついた。それでも真は巧妙に捜査の手を逃れつつ殺人を重ね、つい昨日、五人目の喉にナイフを突き立てた。被害者は即死だった。真の計画は、これで一通り達成されたらしい。だから真は、その後大人しく警官に射殺されたのかもしれない。

 私は一ヶ月ほど前、ある路地裏で、冷たい雨の中に寒そうに立っていた真に傘を貸した。もちろんその時は名前も知らなかったし、その男がマスコミに騒がれている殺人鬼だなどとは考えもしなかった。そのまま立ち去ってもよかったのだが、何となく気にかかってポツリポツリと話をするうち、意外にも真はそのことを自分から口にしたのだ。私はむろん驚いたが、不思議に恐怖は感じなかった。逃げようとも思わないし、警察に通報しようという気も起きなかった。真の様子があまりにも穏やかで、その態度には人を安心させるような柔らかさがあったからかもしれない。
 真は、自分は未来から来たのだと言った。そして、今後の社会の害になる人間を事前に殺してまわっているのだと。最初のターゲットとなった少年は、二十数年後に連続婦女暴行殺人事件を起こすらしい。次の赤ん坊はテロリスト集団の爆弾魔になり多くの人命を奪う。その次の医者は大学病院の院長になった後、違法な人体実験から大規模な院内感染を引き起こす。四人目の主婦は近々代議士夫人となり、夫の死後自ら政界に入りやがて文部大臣に就任、小中学校の校則をヒステリックに強化して生徒たちを神経症にする。
「最後の一人は今の時点でもう政治家だから、やるのが難しい。」
 真はそう言って深刻そうな顔をした。
 私は少しためらったが、結局はたずねてみた。なぜそんなことをするのかと。何の得にもならないのに。
 真は、一冊の本を差し出した。手に取ってみると、それは今年の年号の入った、ある小学校の卒業文集だった。しおりの挟んであるところを開いてみると、そこにはこんな一文があった。
「『将来の目標』ぼくは大人になったら、命をかけて世の中のためになることをしたいです。伊達真」
 私は結局、五人目の政治家が未来で何をしたのかを聞きそびれてしまった。


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