【本の感想】

『マンボウ響躁曲』

 『マンボウおもちゃ箱』などと一緒に古本市で買って来たうちの一冊。外出時に持ち歩いて、主に電車の中などで読んだ。

 本書は、二編の旅行記からなっている。地中海が舞台の『マンボウ響躁曲』と、南太平洋が舞台の『マンボウ南太平洋をゆく』である。
 私は、旅行記というものがあまり好きではない。誰かがどこそこへ行って何を見たとか何を食べたとかいうことを聞いて(読んで)楽しむ趣味というものが、どうも私の神経にはないらしい。旅先でのハプニングやドラマなどが描かれていても、どうも些細なこととしか見えなくて(そりゃそうだ。そうそう旅先で大きなドラマやハプニングが起きてはたまらない)あまり面白く感じない。もっとも、それ以前に私が地理や歴史に疎くて、旅行記を読んでも実感が沸かないということが大きいかもしれない。とくにヨーロッパの地理などまるでわからないし、どの国とどの国がどんな関係を持っているかはおろか、どの都市がどの国に属するのかすらよくわからない。結局、私には旅行記は「向いていない」のだと結論するのが一番面倒がなさそうだ。
 そんなわけで、正直に言って本書も私にとってはあまり面白いものではなかった。しかし、それでもとくに退屈したり苦痛を感じたりすることなく、むしろ気持ちよく読み通せたのは、北杜夫の文章の魅力によるものだと言えるだろう。あまり引き込まれて途中でやめられなくなってしまうようなことがなかったことが、むしろ外出時に読む本としては良かったような気もする。
 旅行記の内容そのものについては上記のようなわけでとくに何も言うことはないのだが、一つだけ感じたのは、北杜夫氏をはじめとする登場人物たちが、旅先で実に精力的に動き回っているということ。とにかく時間を惜しんで名所旧跡を見て歩き、積極的に買い物をし、おいしい食べ物を探し回る。多少体調が悪くても頑張って外出する。これが、ツアーに乗っかって引き回されているわけでも何でもなく、自らの意思で当然のようにそうしているのだから恐れ入る。時間を惜しんであちこち駆け回る旅行スタイルは現在では卑しいことのように言われ、ヨーロッパ人の休暇の過ごし方と比較して皮肉られたりするが、本書を読んでいるとそれは元々はある世代の日本人が持つエネルギーの現れだったのじゃないかと思えてくる。私は個人的にちょっと真似できそうにないのだが、それはそれで悪くはないんじゃないだろうか、という気持ちになって来た。
 それでも、地中海旅行に同行して『マンボウ響躁曲』にもメインキャラクターとして登場する阿川弘之氏は本書の解説で、北杜夫氏はどこへ行っても居眠りばかりしていて外出を嫌がるので呆れる、というようなことを書いている。実際のところどうだったのかはもちろん判らないが、少なくとも「日本人のエネルギー」がどこかに存在していたことは確かなようだ。

1997/12/09
『マンボウ響躁曲』
北杜夫 著
文春文庫(101-4)

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