「全世界No.1ヒットの本」とかいう凄い帯が付いている、グラフィカルなWebサイトを制作するにあたっての参考書。
「グラフィカルなWebサイトを制作する」と聞くと、それだけでちょっと眉をひそめたくなる人も多いだろう。実は私も、どちらかというとそのクチである。Webサイトは見栄えよりも内容が大切で、軽く、見易く、そして決まりを守って作られたサイトが良いサイトだと思うからだ。やたらとグラフィックを多用して、重く、見難くなっているサイトが世の中には実に沢山あり、その多くはHTMLの文法や規則を無視して、互換性を考慮せずに作られている。そして、安易にそういう風潮を助長する本がまた実に多いのだ。
しかし、本書はそういったクズ本とはかなり違う。本書はまず冒頭で、現在のHTMLが本来は文書の外観でなく構造を記述するための言語であることを認め、ドキュメントのデータベース化などの方向性にとってそれが非常に重要であることを認識した上で、思い通りのデザインを実現するためにそれらの常識を一旦捨てると宣言している。また、基本的にWindows と Macintosh、そしてその上で動く Netscape Navigator と Internet Explorerを対象としており、それ以外のブラウザを使っていたりイメージ表示をオフにしていたりする場合のことはあえて考慮しないと言い切る。「それじゃあ凡百のゴミ書籍と同じじゃないか」と思うなかれ、本書の著者はこうした事実をしっかりと踏まえた上で、しかもキッパリをそれを宣言しつつそうしているところが違うのだ。つまりは、確信犯なのである。クズ本のクズ本たる由縁は、こうしたことをよく認識せずに、それが当たり前のように書いてしまっていることによる。事実を事実としてしっかりと把握出来ない人間の書いた本がロクなものであるはずがない。本書はそれらとは明らかに一線を画するものである。
本書は美しくデザインされたWebサイトを制作するためのTips*を満載した本、という売られ方をしていたりもするようだが、私の印象はかなり違う。本書を通読して得られるのは、美しくデザインされたWebサイトを制作するにあたっての気構えとパワー、のような気がする。いや、これは冗談ごとではない。確かに本書には随所に囲み記事としてTipsめいた記述があるが、私から見てそれらはあまり大した内容ではない。本書から得られるノウハウで大きなものは、1×1 pixelの透明GIFファイルを使ってpixel単位のマージンを取るトリックと、グラフィックのアンチエイリアスと減色に関する基本的な考え方と実践方法、そしてWindowsとMacの256色環境で共通に使える216色カラーモデルくらいのものだろう。個人的なことを言えば、私は後ろの二つについては既に知っていたので、新たに得られた知識は一つだけということになる。しかし、本書においてそんなことはあまり問題ではない。本書から得られるのは、もっと別のものなのだ。
冒頭の宣言からも大体予想がつくように、本書の著者はとにかく色々なことをキッパリと言い切ってしまう。「横罫はスペーサーではなく障害物である」とか「ブラウザーではホットな赤とクールな青のリンクを標準にすべきである」とかいう具体的なことだけでなく、これこれの場面にはこのフォントが最適だとか、この程度の減色が許容出来るギリギリの品質だとか、独善的とも見えるくらいに言い切りまくる。ただし、その内容は実際に沢山のWebサイトをデザインし制作して来た経験に裏打ちされた重みを持っており、私としても積極的に賛成したい意見が多くある。例えば、背景は極力シンプルな白またはそれに類するものが良く、文字を見難くする背景画像はもってのほかであるとか、フレームは特定の文書構造を表現する場合にのみ適切に機能し、それ以外の場合にはデメリットの方が大きいとか、安易な3D表現の乱用は見苦しいだけであるとか。一方で、本書には著者が手間惜しみせず地道にデザインの検討とグラフィックの制作、そして試行錯誤を繰り返す様子が克明に綴られている。ことに640×480 pixel 256色の表示環境で見られることを想定してのデザインと画像減色にこだわる様は、しつこい程だ。
これはWebサイトの制作に限らずプログラミング一般にもその他のことにも言えることだが、初心者が基礎的なことを勉強し終えて実際に制作を始めた時に問題になるのは、「とりあえず作れているけど、本当にこれでいいんだろうか?」という不安感じゃないかと思う。その不安感を取り除くには、プロが実際にどんな手順で、またどんな考えで制作しているのかを知ることが最も有効だろう。本書は非常にインパクトのある形でそれを与えてくれる。それは本書をバイブルと仰いで全てを真似るということではなく、こんな風に考えてそれを実践しているプロがいるという事実に触れることによって、「その通りだと思うからこれは真似よう」「これは違うと思うから別の方法を採ろう」という形で、それまではっきりしなかった自分の考えを明確に出来るということだ。また、自己流で制作に取り組んでいると、随所で「こんなことにこんなに手間をかけてていいんだろうか?」と思うことがよくある。それに対しても実際にプロの制作手順に触れることで「なんだ、もっと効率のいい方法があったのか」と新たな手法を発見するか、あるいは「やっぱりこれくらい手間のかかるものだったんだな」と納得するか、どちらにしても迷いは取り除かれる。本書はそういった役割を見事に果たすだけのパワーと説得力を持った良書だと私は感じている。
個人的に、本書の著者の意見には賛成出来ない部分もあるし(私は横罫を障害物だとは思わない(笑))、やたらとメタファーにこだわるデザインセンスにもやや疑問を持っていたりするが、そういったことは本書の価値とはあまり関係がないように思える。問題は提示された意見に賛成出来るかどうかではなく、しっかりとした意見がしっかりとした形で提示されているということが大切なのだ。
ちなみに、「全世界No.1ヒット」の根拠は、Amazon.com(アメリカの書籍通販サイト)で1996年の売り上げNo.1になったということらしい。まあ、一年に5〜6本は出て来る「全米No.1ヒット映画」と同じくらいの意味なのだろう。(笑)