島田荘司氏の御手洗潔シリーズは、現在文庫で出ているのはこの作品まで。(刊行順で言えば、この後に『異邦の騎士』改訂完全版が来るのだけど)
このシリーズの近作は非常に分厚くなって来ているのだが、この本はまた笑っちゃうくらいに分厚い。なんと980ページもある。お値段1,160円。平均的な文庫本2〜3冊分だ。そして、この作品の構成はとにかくこの分量をいっぱいに使い切って、あらゆる謎とわだかまりを引っ張って引っ張って、引っ張りまくる。読者はストイックというより既にマゾヒスティックなまでに焦らされ、『水晶のピラミッド』でも感じたタルさにイラつかされ、やたら沢山出て来るアメリカ人キャラクターの名前を覚えるのに疲れ、松崎レオナと一緒に追い詰められ打ちのめされ、救いのヒーロー御手洗潔がようやく登場するのは終盤も終盤ということになる。やれやれだ。
しかし、それだけに一気に読まされてしまったことも確かで、更には読み終わって「あーもー嫌な作品だったなあ」という怒りや反発も沸いて来ない。やはり島田荘司氏の筆力に引き込まれていたということなのだろう。
ただ、この作品ではかなり首を捻る部分が多かった。
振動モーターで二階部分が回転する建物とか地下室になっている巨大バッテリーとかの強引さには例によって目をつむるが、建物を回転させる隠しスイッチが家畜をつなぐ輪のようなあからさまな形で作られているというのはどうかと思う。
レッド・マンションの塔の入り口の蓋が二人のプロデューサーの死体と道具箱によって開かなくなっていたというのなら、シャロンはどうしてそこがどうしても開かなくなっているとは思わず、強引に開けてジェロームの死体を運び上げることが出来たのか。そもそもジェロームはどこでどうやって殺され、首を切断されたのか。シャロンは吸血鬼ではないのだから、現場にはかなりの血痕が残っているはずではないのか。
連続殺人の犯人はレオナではなかったが、それとは別にレオナはルイス刑事とウォーキンショーに対する殺人未遂の罪を問われないのか。ウォーキンショーの方はまだ何とでもなるかもしれないが、ルイス刑事の方は明らかに殺人未遂だ。それとも、その時にレオナが言っていたように、不法侵入者への発砲ということでごまかせてしまうのだろうか?
また、この作品で最も残念だったのは、ラストがあまりにもあっけない印象だったこと。これだけの分量でこれだけ押しまくり、これだけ引っ張りまくったのだから、謎が解かれる部分からエピローグにかけても、もっともっとしっかりと読ませて欲しかった。中盤から憎まれ役を買って出て、更にはレオナの横で一緒に御手洗を待っている場面ではかなりいい味を出していたウォーキンショーに関する描写が謎解き以降全くないなど、私としてはとても不満だ。御手洗潔登場以降でそれなりのカタルシスを味わうことは出来たが、それをじっくり噛み締める暇も余韻を楽しむ余裕もなくスパッと終わってしまったという印象。まさにある種のハリウッド映画のようだ。こういうのは個人的にあまり好きになれない。
ひとつ悔しかったのは、実はこの作品のタイトル。アトピー性皮膚炎の「アトピー」がギリシャ語の「アトポス」という言葉から来ていることはどこかで読んで知っていたはずなのだが、私はこれを完全に忘れていて、従ってタイトルの意味にも気付かなかった。ちょっと考えれば思い出していたかもしれないと思うと、やはり少々悔しい。これはもちろん、見事に仕掛けにはめられて嬉しいということでもあるのだけれど。
ともあれ、これでまた当分御手洗潔シリーズ作品が読めないのかと思うと少し寂しい気もする。もっとも、こんな分量の作品を頻繁に出されても、読むのに疲れてしまって困るというものだけど。