【本の感想】

『奇想、天を動かす』

 島田荘司氏の、吉敷刑事を主人公とした作品を読んだのはこれが初めて。
 作品の傾向自体が御手洗潔シリーズとはガラリと変わって、バリバリのリアル路線なのかと思っていたが、そうでもなかったようで、半ば安心、半ば拍子抜け。
 謎解きと仕掛けに関しては、それなりに面白いが、とくに意外性があるわけでもなく、まあこんなものかという印象。独特の幻想的な演出を俗っぽいまでにリアルな日常性と対比して際立たせる手腕は、さすがに冴えている。しかし、あまりにもあざと過ぎるんじゃないかと思われる部分もあって、痛し痒しというところ。

[★ ネタバレ部分を呼び出す ★]

 吉敷刑事のキャラクターは、ドラマの主人公として非常に素直な、一般に受け入れられやすいものだと思うのだが、私にはどうもいただけない。どうしても考えの浅い「いい子ちゃん」にしか見えないのだ。やたらナイーブで悩みやすい割りにはあまり深くまで物事を洞察せず、それでいて自らの正義を信じて疑わないという、私の嫌いなキャラクターのタイプにはまっているように思える。

[★ ネタバレ部分を呼び出す ★]

 それでもこの作品は、謳い文句の通り「社会派」と「本格」双方の魅力を併せ持つ希有なミステリー小説であることは確かだと思う。それが驚くほど画期的なことだとは私には思えないが、この作品一冊で、凡百の小説二冊分楽しめることは間違いないだろう。それだけのこと、と言ってしまえばそれだけなのだが。

1999/08/05
『奇想、天を動かす』
島田荘司 著
光文社文庫(し5-20)

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