ディック傑作集3。短編集未収録の作品を集めた『THE GOLDEN MAN』という本を翻訳し、例によって2冊に分けたのが、この本と次に来る『まだ人間じゃない』ということらしい。前の2冊と同じ図式だし、『THE GOLDEN MAN』は『THE BEST OF PHILIP K. DICK』を補完するような意味合いの強い作品集らしいので、日本での出版がこういう形になったのは、まあ納得出来る話のようではある。一方で事情に疎い(私のような)読者は少々面食らって当然という気もするので、もう少し配慮が欲しかったとは思うが。
もっとも、この本の巻末には、この本に載っている作品についての著者による作品メモがちゃんと載っている。つまり、前2冊のように全ての作品メモを2冊めの巻末に掲載するのではなく、一応それぞれの本が単体でも体裁をなすように配慮されているわけだ。これに気付いた時は、前の形がよっぽど評判が悪かったのだろうかと、思わず含み笑いしてしまった。
この本に収められている作品群も、なかなかにバラエティに富んでいるが、前2冊よりもかなり「ディックっぽい」雰囲気が醸し出されているようには思える。「小さな黒い箱」などはまさにという感じだなあと思っていたら、作品メモによるとこの作品は『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の元になったのだそうだ。恥ずかしながら、全然気付かなかった。…というより、私にはディック作品のこの辺のテーマが今一つピンと来ていないのだと思う。好きな人には、これぞディック氏の真骨頂、ということになるのだろうと思うけれど。
私が気に入ったのは、もっと具体的で解りやすい「ヤンシーにならえ」。社会派の単純なテーマなのだけれど、視点の置き場所や題材の捉え方が的確で、とても効果的だと感じた。私もこんな風に書けたらなあ、と思う。ただ、ストーリーの展開とラストのまとめ方がイマイチ、という気がする。テーマの扱い方がとても鋭いのに対して、その持って行き先がかなり鈍いように思えるのだ。ちょっと勿体ないかな、と思ったりもする。
「ゴールデン・マン」は逆に、ストーリーの展開によってテーマの扱いが鋭さを得て、とてもまとまりの良い作品になっているように思えた。ただ、そのテーマなのだけれど、作品メモによると「この作品の主題は、ミュータントがわれわれ普通人にとって危険だということである」となっている。私には、どうもそうは思えないんだけどな。「女性にとっての男性の魅力として、結局のところ逞しく美しいルックスに勝るものはない」というのが本当の主題のような気がする。いや、冗談抜きで。なんだか誰かに怒られそうな論調に聞こえるかもしれないが、これは別に男女を入れ換えてもそのまま成り立つ話だし、単にこの作品のテーマがそうだというだけなのだから、これはこれで面白いんじゃないかと私は思う。深く考察し出すと、意外に高尚な問題かもしれないし。