ショートショート作品 No.016

『狼男』

 私の名前は大上音子。
 「おおかみおとこ」って読むのよ。とんでもないでしょ。全くお父さんったら何考えてこんな名前付けたのかしら。おかげで小学生の時は男子の悪ガキ共にいじめられてさんざんだったわ。
 でも、今はそんな事言ってる場合じゃないの。
 なんたって、出たんだから。本物の、狼男が!

 そもそも、なんでこの山に来たのかって言うと、別にハイキングに来た訳じゃないの。高校の映画研究部(俗に言う映研ってやつね)で自主制作の映画を作ろうって事になって、春休みを利用してそのロケに来たって訳。もちろん、ロケ隊ってほどのものじゃないの。男の子5人がカメラとレフ板かついでるだけ。そして、紅一点の私で、計6人。
 撮影は結構順調だったわ。薄暗い森の中を、道に迷った一人の可愛い女の子(私よ私!)が歩いていると、突然出て来た吸血鬼に襲われそうになり、それを恋人が助けに来るっていうシーン。まあ、ありがちなシチュエーションではあるわね。
 で、私が可愛らしくも心細げに歩いている所に、吸血鬼の鈴木君が近付いて来た訳なんだけど、私思わず跳びのいちゃったの。鈴木君の目があんまり恐かったから。血走って、殺気をおびてて、野獣みたいな目だったわ。私の後ろから走って来た恋人役の佐藤君もたじろいでたみたい。でも、よくは分からなかった。だって、その一瞬後、佐藤君は鈴木君に連れ去られちゃったんだもの。
 ほんとに一瞬。信じられないスピードだったわ。ガッと佐藤君の腕を掴んで、そのまま茂みのなかへ飛び込んで行ったの。
 残された4人は、ただただ呆然。真ん丸い目で二人の消えた方を眺めてる事しか出来なかったわ。
 5分くらいそうしてたかしら。ガサガサと茂みをかきわけて、戻って来たの。野獣の目をした二人が。
 そして、佐藤君の首筋にはクッキリと二本の牙の跡が!
 最初は何かの冗談かとも思ったわ。だけど、そんな考えはすぐにどこかに飛んで行っちゃった。目の前で二人が始めちゃったんだもの。変身を!
 鋭い牙と爪、長く突きでた鼻、金色の体毛、そして、唸り声。最新のSFXだってああはいかないわ。
 それはまぎれもない、狼男!
 そりゃあ、私だっておかしいとは思ったわよ。月が無いのに変身しちゃうし、狼男が伝染するなんて聞いた事ないもんね。吸血狼男じゃあB級ホラーの題名だわ。だけど、信じない訳にいかないじゃない。目の前で変身を見せつけられちゃったんだから。
 逃げたわ、私。
 どこをどう走ったのかよく覚えてないけど、とにかく必死で駆け出したわ。他の男の子達は腰を抜かして逃げられなかったみたい。男って、案外だらしないのね。でも、吸血狼たちがそっちに夢中だったから、私が逃げられたのかも。
 おかげでこれだけの準備も出来たし。
 今私がどこにいるかっていうと、大きな木の上なの。この際、はしたないとか、そういう事は言ってられないわ。こっちは必死なんだから。
 もうすぐ私を追って来た吸血狼たちがこの下を通る筈よ。
 ほら、来た・・・!
 やっぱり5匹に増えてるわ。唸り声をあげてキョロキョロしてる。
 見つかったのかしら?
 あ、大丈夫みたい。よかった、左の道を走って行くわ。
 実は私、別れ道を左に行った様に、足跡をつけておいたの。左の道は、山の頂上へ向かう道よ。これできっと、私がふもとの町にたどりつくまでは追いつかれないわ。
 さあ、急がなきゃ。もうすぐ町が見えて来る筈だわ。
 あっ、でも・・・。
 町に着いたとしても、こんな話を信じてくれる人がいるかしら。
 そうよ、信じてくれっこないわ。みんな、私の名前を聞いただけでとりあってくれないに決まってる。
 なんたって、今日は4月1日なのよ!「狼が出た!」なんて、言える訳ないじゃない!


to TopPage