ショートショート作品 No.035

『シンデラレ』

 むかしむかし、あるところに、シンデラレという娘がいました。
 父親が亡くなってからというもの、シンデラレは継母と二人の姉に、毎日こき使われていました。
 お城で舞踏会がある今日も、意地悪な継母はシンデラレに沢山の仕事をいいつけます。
「シンデラレ! 掃除はすんだのかい? それならさっさと洗濯をお始め! それがすんだら蒔割りだよ! 洗い物もたまってるだろう!? それから、昨日頼んだ繕いものは、ちゃんと明日までにやっておくんだよ! じゃぁ、私達は買物に行って来るからね! 怠けるんじゃないよ! ホォッホッホ!!」
 こんな時、いつもシンデラレは思うのでした。
「いつか毒殺してやる・・・!!」
 そうです。シンデラレはとても『いい性格』だったのです。

 夕方になりました。
 二人の姉は今日街で受け取ってきた新しいドレスを着て、ご機嫌です。継母も舞踏会に行く準備に大忙しです。
「今日の舞踏会は王子様のお妃を探すためのものだっていうもっぱらの噂だからね。お前たち、めいっぱいきれいに飾って行くんだよ。王子様に見そめられれば、春日の局だって西太后だって夢じゃないんだからね!」
 二人の姉はそろって言います。
「ええ、もちろんですわ、お母様!!」
 シンデラレは、完全に無視されていました。
 そうこうしているうち、玄関のチャイムがなりました。
「おや、馬車が来たようだ。さ、お前たち、急ぐんだよ。シンデラレはしっかり留守番してるんだよ。ホォッホッホ!!」
 けたたましい笑い声を残して、継母と二人の姉は出発しました。
 シンデラレは家の前で継母たちの乗った馬車を見送ると、小さなため息を一つつきました。
「さてと・・・・・、ん?」
 ふと見ると、道端に通りすがりの魔法使いが倒れていました。
 シンデラレは近よって、つついてみました。
「ちょっと、あんた、どうしたの?」
 通りすがりの魔法使いは、弱々しく答えました。
「は、はい、旅の途中で食料と水が尽きてしまいました。おやさしいお嬢さん、出来たらお水を一杯いただけませんか・・・?」
 シンデラレはしばらく何かを考えていましたが、やがてニンマリと笑って、思いきりやさしい声を出しました。
「それはお困りですわね。どうぞうちへお入りなさい。お水と、食べ物も少しならありますわ。」
 そう言うと、シンデラレは通りすがりの魔法使いの服をむんずと掴んで、家の中へ引きずって行きました。
 お水と少しの食べ物で、魔法使いはだいぶ元気を取り戻しました。
「おやさしいお嬢さん、おかげさまで人心地がつきました。知り合いのいる町外れまでは歩いて行けそうです。本当にありがとうございました。じゃ、私はこれで。」
「ちょぉっと待った!!」
 魔法使いが出て行こうとすると、シンデラレは電光石火の早技でドアを閉めてしまいました。
「あんた、命の恩人に何のお礼もなしで行っちまう気?」
 シンデラレの凄みのある声に、魔法使いは目が点になってしまいました。
「・・・は?」
「とぼけるんじゃないわよ!!! そういう不義理は、社会倫理ってものに反してると思わない?」
「し、しかし、私には何のお礼も・・・」
「あんた、一応魔法使いでしょ? ここでチョロチョロッと腕前を披露してくれればいいのよ。」
「でも、魔法を使う時は市役所に届けを出さないといけないんですよ。」
「そんな堅いこと言いっこなしよ。ここにはあんたとわたししかいないじゃない。」
「しかし・・・」
「まさか、このまま黙って行けるとは思ってないわよね。」
 シンデラレの目に危険な光りが宿りました。
 魔法使いは、これ以上逆らうことなどとても出来ませんでした。

 数分後には、シンデラレは素晴らしいドレスをまとってたたずんでいました。家の前には見事な二頭の白馬が引く四輪馬車がとまっています。
「ふん、まぁまぁね。なかなかいいセンスしてるじゃない。」
 シンデラレはドレスやアクセサリーを確かめて、こともなげに言いました。
 魔法使いは大きなため息をついてから、ゆっくりと言いました。
「いいですか? この魔法は今日の間しかもたないんです。12時までに帰ってきてくださいよ。何と言ったって、今馬車なのはカボチャだし、白馬や御者はネズミなんですからね。」
「ちぇっ、チンケな魔法ね。でも大丈夫。12時まで時間があれば、余裕で用は済むわ。それより、靴がもとのままじゃない。これも何とかしてよ。」
「靴を作るのにはナスビがいるんですよ。あいにくここには無いみたいですからね。どうせ靴なんてドレスの裾に隠れて見えやしないんだから、どうでもいいじゃないですか。」
「あら、そういうこと言うわけ・・・?」
 シンデラレの目が不気味に細まりました。
 結局魔法使いは、自前のガラスの靴を巻き上げられてしまいました。
「トホホホホ・・・。」

 お城の大広間は華やかな雰囲気に包まれていました。テーブルには沢山のご馳走が並べられ、オーケストラは美しい音色を奏でています。そして、数え切れないくらいの紳士や貴婦人がそれぞれに美しく着飾って、優雅にダンスをしているのです。
 でも、そこには肝腎の王子様の姿がありませんでした。王子様は、一人で中庭に出ていたのです。
「ぁあ、今日は実に沢山の貴婦人や令嬢と会って話した。ダンスもした。だが、僕の心を動かした人は一人もいなかった。なぜなんだ。僕の妃となる人は、いつになったらあらわれるんだ。」
 王子様はそうつぶやいて、暗い中庭を悲しげに歩いていました。
 ふと、王子様は傍らの茂みがガサッと音をたてたのに気がつきました。
「・・・誰かいるのか?」
 茂みをかき分けてバツが悪そうに出てきたのは、シンデラレでした。
 王子様は、その美しい姿にたちまち目を奪われてしまいました。
「これは・・・、どこの姫君ですか?」
「い、いえ、名乗るほどの者ではありませんわ。オホホホ・・・。」
「なんと、奥ゆかしい方ですね。よろしければあちらの大広間へいらして、僕と踊っていただけませんか?」
 シンデラレは慌てた様子で断りました。
「いえ、そんな、滅相もないことですわ。」
「そうおっしゃらず、ぜひともお願いします。あなたのように美しく、しかも謙虚な方に出会ったのは初めてだ。」
「でも、そろそろ12時になりますし・・・。」
「え? 12時がどうかしたんですか?」
「い、いえいえ! 何でもありません!」
「さあ、どうかこちらへ。」
「とにかくダメなんです! では、わたくしはこれで!」
「あっ! 待ってください!」
 シンデラレは王子様に背を向けて、一目散に走り出しました。
「どうかわたくしを追わないで! このまま行かせてください!」
 王子様は訳もわからず、慌てて追いかけました。
 シンデラレが長い階段を降りた所で振り返ると、王子様はまだ追って来ていました。
「姫、お待ちを!!」
「もぉ〜お、来ないでって言ってるでしょ!!」
 シンデラレはガラスの靴を片方脱いで、王子様に向かって投げつけました。
 パカーン!
 靴は見事な音をたてて王子様の顎に命中し、王子様は体ごとひっくり返りました。
 時計はもう12時を差そうとしています。
 シンデラレは大急ぎで馬車によじ登り、御者を蹴り落して自ら手綱を取りました。
「ハイヨ〜! シルバー!!」
 馬車は猛烈なスピードで走り出しました。シンデラレは飛ばしに飛ばし、お城の時計台が12時の鐘を打つと同時に、家に帰り着きました。

 翌日、町中におふれが出されました。王子様のお使いが持って来る靴にピッタリと足の合う娘を探すようにというのです。噂では、王子様が舞踏会で見そめた娘を探しているというのです。
 シンデラレの家にもお使いがやって来ました。二人の姉は、大喜びで我先にと足を出しました。
 お使いの役人は、うやうやしくガラスの靴を取り出すと、台の上に乗せました。
 まず上の姉が試してみましたが、足が大きすぎてとても入りませんでした。
 次に下の姉が試してみました。靴はピッタリでした。靴のサイズなんて、そうそう違うものではないのです。
 下の姉は黄色い声で叫びました。
「やったわ! これで私は皇太子妃! ゆくゆくは王妃よ!!」
 もちろん継母も有頂天です。
 しかし役人はそれを制し、厳しい口調で言いました。
「では、警察まで来てもらおうか。」
 下の姉はバカみたいに口を開けて聞き返しました。
「警察?」
「そうだ。昨夜遅く、城から貴金属が多数盗まれた。犯人は王子様に全治2週間の怪我を負わせた上、逃走した。この靴が犯人の遺留品であり、凶器でもあるのだ。」
「そ、そんな・・・。」
「さ、来たまえ。それとも、警官の手を煩わせたいかね?」

 シンデラレは町外れにたたずんで、お城の時計台を見上げていました。手には旅行鞄、懐には高価な宝石を沢山持って。
「わたしには、この国は小さすぎるわ。」
 そう言うとシンデラレはきびすを返し、どこへとも知れぬ旅に出たのでした。

 めでたしめでたし。


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