ショートショート作品 No.044

『奇病裁判』

「…というわけで、被告、足立弘美は手近にあった包丁で胸を一突き、被害者田中一也を殺害し、現在に至っても全く悔恨の情が見られません」
「あんな奴殺されてトーゼンなんだから、悔恨も大根もないに決まってんじゃない」
「被告人は勝手に発言しないように」
「はい、裁判長、発言を求めます」
「弁護人の発言を許可します」
「被告が犯行に及んだのは、被告が患っている病気のためです。この『本音制御不能症候群』は、心の奥底で脈打つ本音に対する抑制が全く利かなくなるという現代の奇病です。被告は現在も症状が回復せずに苦しんでおり、事件当時は既に責任能力がなくなっていたものであります」
「あたしは別に苦しんでないけどね。それで無罪になるんだったら苦しい振りでもしとこうかしら」
「これ、この通り本音が全て表に出て来てしまっています」
「異議あり!被告の病状については医師の診断書が既に証拠として提出されています。ここで被告の振る舞いを見て病状を云々する必要は全くありません」
「うるさいわね。私は見せ物じゃないわよ」
「異議を認めます。今のは聞かなかったことにしましょう。検察官の質問は以上ですか?」
「もう一つあります。被告が犯行に至った直接の経過を確認しておきたいと思います」
「うざったいわねー。あいつがバカだったからだって言ってるのに」
「オホン。えー、被告人に質問します。発端は、その日あなたと被害者が一緒に観た映画の話からだったのですね?」
「何度も言ってるのにざーとらしい人ね。あいつがあのバカ丸出しの主人公の姿に感動したなんて言い出したのが悪いのよ。自分が勝手なことして招いた苦境を、他人を巻き込んで利用して乗り切って、挙げ句に自分だけヒロインをモノにしちゃってんのよ。そんな話に『泣けた』なんて言うんだもん」
「それだけの理由ですか?」
「それで言い争いになったのよ。で、私が『そんな考えだから日本の政治が良くなんないのよ。悪いのは全部政治家で、それに投票した国民は犠牲者だなんて思ってんじゃないの?』って言ったの」
「話が飛躍しているようですが」
「途中を略してるからよ。で、それにあのバカがバカ面して『え?だって悪いのは政治家じゃん』とか言いやがったのよ。『じゃ、今の総理大臣誰だか知ってる?』って言ったら…」
「言ったら?」
「『え?…ナカソネ?』だって。普通殺すでしょそりゃ」
「よし、無罪!」
「わーっ、裁判長が感染したあっ!」


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