【コミケ52参加レポート】準備編(1)

『本作りのススメ』

「やあ真皆くん、ご苦労。ちゃんと間に合わせてくれると信じていたよ。」
 1997年8月14日。旅行から帰ったユージの電話での第一声がこれだった。
 対する真皆の返事は重い。
「いや、あのね…。」
「うんうん、原稿が完成したとなれば、あとは編集作業だね。コピーの手配もしてくれているんだろうね?」
 いつになく芝居がかった口調のユージ。真皆は観念して白状することにした。
「出来てないの。」
「そうかそうか、真皆のことだから間違いはないと思っていたよ。」
「いや、だから、まだ出来てないんだってば。」
「…ほほぉ? 面白い冗談だねえ。」
「いや、そうでなくて。」
「…どこまで出来てる?」
「今、2ページ目。」
「この間も2ページ目って言ってなかったか?」
「いやあ、あれからネームを全面見直しして…。」
「…ほほぉ?」
「…ほぉほぉ。」
「それだけのこだわりを発揮する余裕があるなら、当然明日には間に合うんだろうね?」
 ユージの物言いは、既にほとんど悪の組織の首領になっている。
「努力します。(^^;)」
 真皆は冷や汗付き顔マークを口調で伝えるという特異な芸当を見せつつ、約束した。
「そうなれば、電話している一秒の時間も惜しいな。これから命がけで取り組んでくれたまえ。」
「…了解。(^^;)」
 こうして電話は一旦切られた。
 ここで、場面は二カ月ほどカットバックする。

 1997年6月、ユージが代表を務める同人サークル「MN-LPG」*のコミケ52サークル参加*が決定した。MN-LPGは以前PC9801用の同人ゲームソフトや16色CG集などを制作・頒布していたが、パソコンを取り巻く環境の変化などもあってここしばらくは事実上活動休止状態だった。その一方でMN-LPGのメンバーでもある犬四郎氏の個人サークル「犬小屋」、同じく冬雪花氏の個人サークル「雪花亭」が少年系創作ジャンルでコピー誌を制作しており、ユージもその活動に寄稿の形で参加していた。そこから本の制作の楽しさに魅せられたユージは、コミケ52に「同人ソフト界から進出!」と称して少年系創作ジャンルで参加申し込みするという暴挙に出たのである。結果はなんと、仲間内ではMN-LPGのみが当選するという形になった。ここから、犬四郎氏と冬雪花氏の協力を得ての、ユージの初めての本作りが始まるのである。
 6月中旬、まずはマスターネット*のメールを使っての「三者会議」がスタートした。犬小屋や雪花亭の本を作る時にも、主にこうして連絡を取りつつ作業を進めていたのだ。…というより、犬四郎氏は福島在住、冬雪花氏は栃木在住、ユージは東京在住という状況では、こうして打ち合わせするしかないのである。そもそもマスターネットで出会った面々なので同報メールで打ち合わせをすることに何の疑問も持たないのだが、よくよく考えてみればネットというメディアがなければこの三人で効率的に共同作業をすることなどほとんど不可能なのだ。確かにサイバースペースは世の中を変えつつあるのだろう。
 そんなわけで一応打ち合わせらしきものはスタートしたのだが、初めて本作りに取り組むユージが何をどうしていいのか判らず、今一つ煮え切らない。そのせいで話はなかなか進まず、ほとんど実際的な進展がないまま6月は過ぎ去りつつあった。ここで、最初にしびれを切らしたのは冬雪花氏だった。「スケジュール的にはもうギリギリだから」と懸案事項をまとめて整理し、打ち合わせの音頭を取ってくれたのだ。それに応える形でユージもようやく重い腰を上げ、本の基本的な体裁と大まかなページ割り、そして原稿の表向きの(おい)締切が7月いっぱいと決められた。
 7月上旬、ようやく具体的になってきた打ち合わせが続く中、ユージはもう一人のスタッフをゲットするべく動き出した。ターゲットは、やはり旧来のMN-LPGのメンバーであり、[OEKAKI通り]*のボード「いべんたぁずBOX」のシスオペを務める真皆である。真皆はもともとパソコン通信系のサークルであるMN-LPGの中では比較的紙メディアのマンガ執筆経験が豊富で、しかも仕事柄MacによるDTPにもスキルを持っている。加えて埼玉在住ということで実際に会う機会を作りやすく、更には美麗な出力で有名なカラープリンタPM-700Cも所有している。ユージとしては(プリンタも含めて)是非欲しい人材なのだ。
 まずはメールで軽く協力依頼をほのめかしておいて、好感触と見るやなし崩し的に電話での「打ち合わせ」に持って行く。ユージの常套手段「もうスタッフだから」作戦である。しかし、今回はそれだけでは終わらなかった。
「そーゆーわけで、犬四郎氏も冬雪花氏も仕事が忙しいらしくて、今回は実際に会っての打ち合わせも全く出来ないような状況なんだよ。つまり、編集や製本の作業は我々二人でやらなくてはならないわけだ。」
 これはもちろんユージの発言。既に「我々」になっているところに注目。
「なるほど。まあ、俺も10月から大阪に帰ることでもあるし、こっちでの活動の記念ってことでも、いっちょやってみようかね。」
 真皆は元々大阪の人間なのだが、運命のいたずらとその他諸々によって5年ほど前から東京勤務になっている。そして、今年10月からまた大阪勤務に戻ることがほぼ決定しているのである。
「で、今回は原稿は完全にデジタルデータでやりとりされることになりそうだから、編集もそれなりにしたいんだよね。」
「Photoshopのデータなら、こっちでどうにでも出来るぞ。何ならDTPソフト使ってレイアウトしてもいいし。」
「そりゃあ頼もしいなあ。じゃ、最終的な編集はそっちでやってもらうことも考えられるね。」
 真皆が最近自宅に新しいPowerMacを購入し、マシンパワーが必要な作業をこなせるようになって喜んでいることを、もちろんユージは知っている。パソコンヲタクとしては「出来ることはやってみたい」という気持ちが大きいことも、もちろんユージは身をもって知っている。
「うん、いいよいいよ。今回はマンガ描くのにもDTPソフト使ってみようと思ってるし。コピー機の手配も、俺の方のツテで何とか出来るかも知れないし。」
「おー、それは素晴らしい。まあ、最悪印刷は全部ウチのプリンタでやることも出来るけど、その辺はよろしく頼むわ。」
 ユージはこの時点で、勝利(って何にだ)を確信したという。
「OKOK。…で、俺は何描けばいいの? 本の内容は?」
「それが、全然決まってないの。…というより、犬四郎氏と冬雪花氏に共通のテーマで描いてもらうのはどうもキツそうだから、この際なんでもアリで好きなもの描いてもらおうと思ってる。内容バラバラでも、一冊にまとめれば『それは本』だからね。(笑)」
「ユージは『パコちゃん』描くんでしょ?」
 『全日本電脳普及促進連絡協議会のパコちゃん』は、パソコンネタの4コマギャグマンガ。以前ユージはこれを4ページ描いて雪花亭の本『純米人肌』に寄稿したのだが、今回はこれの続編を4ページ描いて計8ページとしてLPGの本に掲載する心づもりなのだ。
「そう。で、内容に統一性を持たせるなら『パソコンネタ』で行こうかって話も出したんだけど、どうもそれはキツそうな感触なんで。」
「ふーん、それって結構イイと思うけどなあ。」
「でしょ? 女の子のイラスト描いたって、横にキーボードでも描いておけばそれでいいんだしね。でもまあ、描くってのはそういう理屈じゃない部分が大きいからね。今回はとにかく本になればいいやってことで、自由に描いてもらうのが一番じゃないかと。」
「じゃ、俺も自由に描いていいわけだ。」
「ああ、いいよ。」
「変な方向へ行っちゃってもいいかな。」
「いいんじゃない? X指定とかまで行かなければ。」
「それはないって。」
「じゃ、大丈夫だよ。好きに描いてくれい。」
「それじゃあ、まずは7月末の締切目指して、各自原稿執筆だな。」
「そーゆーことだね。よろしく、編集長。」
「…え?」
「私は、プロデューサーだから。」
「…あ、そうなの?」
「そうそう。じゃ、お互い頑張ろうね編集長。」
 というわけで、プロデューサーユージ、編集長真皆、制作進行マネージャー冬雪花という体制がなし崩し的に整い、LPGの本(名前はまだ未定)の制作は本格的にスタートすることとなった。要するに、各自が自分の原稿に取りかかっただけなのだけれど。

 犬四郎氏と冬雪花氏の原稿が届いたのは、8月頭のことである。犬四郎氏はJPEG画像ファイルをマスターネットのバイナリメールで、冬雪花氏はPhotoshopデータファイルをインターネットプロバイダのホームディレクトリを利用してHTTP転送での入稿だ。自前でネットワークサーバーでも持っていれば何も考えずFTPを使えばいいのだが、個人利用のネットワーカー(これも死語か?)としては、大きなバイナリデータのやりとりは相手と状況に応じて色々な手段を使い分けなくてはならない。この辺はほとんど「生活の知恵」の世界である。
 実は、この時点ではユージの原稿はまだ完成していなかった。…というより、まだ実際にペンを入れる段階にすら来ていなかったのだ。ネーム*は出来ていたのだが、実際に執筆作業に入る前に、その作業を行うスペースを確保するために机の上を片付けなくてはならず、これにかなりてこずっていたのである。ユージの机の上は各種文房具やらスケッチブックから書籍、レーザーディスクにまでいたる雑多なモノが山積していて、容易に手をつけられる状態ではなかった。実際、『純米人肌』に寄稿した『パコちゃん』4ページはベッドの上で描いたものなのだ。この時の経験で「ベッドの上でペン入れするのは非常に辛い」という当たり前のことを痛感したユージは、今度こそ机の上を使える状態にするべく奮闘していた。しかし、原稿が届いたからにはとりあえず出力してみたくなるのが人情というもの。それでなくても念のため正常に出力できることを確認しておきたいところである。ユージは軽い気持ちで、まず冬雪花氏の原稿をプリントしてみることにした。しかし、ここに思わぬ困難が待ち受けていたのである。
 冬雪花氏の原稿は、既にPhotoshop上で全ての処理を終え、300dpiモノクロ2値でB5サイズに仕上げられており、まさしく「あとはこのまま出力するだけ」の状態。ユージはプリンタドライバのディザ処理をoffに、出力解像度を300dpiに設定して、「印刷」ボタンをクリックした。出て来た用紙を見てユージは目を疑った。
「上下が切れてる!」
 原稿は余裕を持って描かれており、プリンタの印刷不可領域にかかってしまったわけではない。ピクセル数と解像度から計算してみても、ピッタリ収まるはずだ。だとすると、どこかの時点で画像が拡大されているとしか思えない。余計な処理をせずそのまま出力するように設定しているはずなのに、一体何がいけないんだ…?
 原因は複数あった。まず、Photoshopの解像度設定で「リサンプル」の項目がチェックされていたこと。実を言うと、あまりに長い時間をかけて色々と試したので、これが出力がおかしくなった原因に直接からんでいるのかどうか、よく判らなくなっている。しかし、データに手を加えずそのまま出力したい場合にはチェックを外しておく方が無難なことは確かだろう。次に、Photoshopの印刷ダイアログで印刷品質を「高品位」に設定していたこと。どうやら300dpiで出力する時は「中品位」に設定しないとサイズがおかしくなるらしい。なんだか納得できない話だが、結果としてそうなのだから致し方がない。そして、事態を更に混乱させて原因究明を著しく遅らせてくれたのが、CANONのプリンタドライバの不具合である。とくにパラメータセットの保存機能は非常に怪しく、明らかに不正な動作をすることが度々あった。CANONのWebサイトから最新版のドライバを落としてきてインストールしたら多少は改善されたが、どうも完全ではないようだ。結局各々のパラメータはその都度一つずつ設定することにした。
 …というわけで、「そのまま出力すればいい」原稿を「そのまま出力する」というだけのことを成功させるのに、なんと一晩かかってしまった。文明の利器を活用するのも一苦労である。
 こうなると、犬四郎氏の原稿も出力してみないではいられない。犬四郎氏の原稿は150dpiのグレースケールJPEGファイルである。しかも、今回犬四郎氏は紙に鉛筆で描いたものをスキャナで取り込んでPhotoshopで修正し、それをレーザープリンタで出力したものをまた鉛筆で修正し、それをまたスキャナで取り込んで…という作業を繰り返して作品を完成させたとのことで、画面はグレーの階調とディザが微妙に混じり合う不思議な効果を織り成している。一体どうしたらこの原稿を美しくプリンタ出力出来るのか、非常に難しいところなのだ。Photoshopで300dpiに解像度を上げてディザ処理をかけるのがいいか、それとも誤差拡散処理の方がいいか、どうせならプリンタの最大出力解像度である600dpiまで持って行ってしまおうか、それともグレースケールのまま印刷してプリンタドライバにディザ処理を任せる方がいいのか、もしそうだとしたらどんなディザ処理を使うべきなのか…。何だかんだで十数種類の出力(処理)方法を試した結果、150dpiグレースケールのまま印刷し、プリンタドライバで10%ほど濃度を上げて網点系のディザ処理をかけるのが、後でコピー機にかけることも考えると最良であるとの結論に達した。
 これでようやく自分の原稿に…、いや、その前段階としての机の片付け作業に戻れるわけである。さすがに少々焦りを感じ始めているユージであった。

 ユージが自分の分の原稿を仕上げたのは、8月8日朝だった。翌日は真皆と会っての編集会議が予定されており、ここで具体的なページ割り付けを決定して残りの編集作業を具体化する事になっているので、まさにギリギリである。ようやくホッと一息つくユージ。
 翌日、9日の編集会議はのっけから波乱含みだった。
「なんだ? 全部パコちゃんじゃないか?」
 ユージが持参した3人分のプリンタ出力原稿を並べて見て、真皆は目を丸くした。
 そうなのだ。ユージの原稿が『パコちゃん』8ページなのは予定通りとして、犬四郎氏の原稿のメインとなる2枚のイラストにはいずれもパコちゃんが描かれており、作者コメントのカットもパコちゃん、他にもパコちゃんのカットがあるという状態。冬雪花氏の原稿は6ページのうち3ページがパコちゃんを描いたイラストで、更に1ページ電脳ネタのマンガがあるのである。もちろんパコちゃんとも電脳ネタとも関係のないイラストもあるのだが、全体としての「パコちゃん度」はかなり高いと言える。これはユージにも真皆にも予想外のことだった。とりわけ真皆は「なんでもいい」との言葉を信じて、女装美少年を主人公にした4ページのマンガに取りかかっているのである。
「こりゃー、俺の原稿、見直さないといけないなあ。」
 自分の原稿が本の中で浮いてしまうことに不安を感じる真皆。
「そんなの、いいっていいって。このままで大丈夫だよ。」
 能天気に請け合うユージ。実際、多少浮いた原稿があったとしても、それもまた同人誌らしくて面白いというのがユージの考えなのだ。
「うーむ…。まあ、とにかくページ割りしてみるか。」
 3人分のプリンタ出力原稿と、真皆の未完成原稿とを並べてページ割り付け作業に入る二人。ユージは当初作者別に原稿を並べるつもりだったのだが、真皆はそれに異を唱えた。イラストもマンガもそれぞれ独立した作品単位で考え、構成したいというのだ。最初にグラビア風のイラストを入れて、次にネタっぽいイラスト、続いてマンガが来て…。
「なるほどね。編集長はキミだ。任せるよ。」
 ユージがあっさりそう言ったのは、この際どっちでもいいと思ったせいもあるが(笑)、真皆案ももっともで面白いと考えたからである。実際、真皆が自分の考えに従って原稿を重ねて作ったサンプルは、本としてのまとまりがなかなか良さそうに見えた。意見を求められたユージは結局一か所イラストの入れ換えを提案しただけで、あとは文句なしだった。
 本のタイトルも、ユージが示したいくつかの案の中から、真皆の一声で『全脳連通信』と決定した。
「いやはや、よもやこんなにまとまりのある本になるとは思わなかったなあ。」
 サンプルを手にして、ユージは感慨深げに言った。
 真皆も同意見のようだった。
「まったく。しかし、こうなると俺の原稿一際浮いてるよな。」
 真皆案によるページ割りの結果、真皆のマンガは全体のほぼド真ん中に位置して異彩を放っていた。
「別にいいと思うがなあ。多少浮いてたって構わないじゃん。」
「うーん、しかし、実は自分でもあんまり納得行ってないんだよなあ。ネームから描き直そうかなあ。」
「おいおい、そんなことしてて間に合うのかよぉ。」
 真皆の原稿4ページは、うち2ページがペン入れまで済んだ状態、次の1ページが下描きの状態、最後の1ページはセリフの文字だけがレイアウトされている状態である。どうやら真皆はDTPソフトを使って先にセリフと枠線だけをレイアウトしてしまい、それをプリンタ出力したものに鉛筆で下描きし、これをスキャナで取り込んで、その後各コマを別ファイルとして作成して描き込んでいくという手法を取っているらしい。ユージは紙の上でペン入れまで済ませたものをスキャナで取り込み、Photoshopでベタ塗り、トーン処理、セリフの貼り込みなどの処理をするという方法である。それぞれが自分なりに工夫して作業をして、お互いに情報交換しながらスキルを上げていくというのもこのテの活動の面白さの一つなのだ。もっとも、現時点ではユージはほとんど他の3人に教えてもらうばかりなのだが。
 ユージは白い紙にセリフだけが亡霊のように浮いている最終ページを手にとって、ポツリと言った。
「これって、ほとんどエヴァンゲリオン最終話のノリだよな。」
 この発言に、真皆は却って喜んでしまったようだ。
「おお、それいいね。間に合わなかったらこのまま載せちゃうか。」
「こらこらこら。作品は完成させてこそ作品。納得行かない思いがあってこそ、次の作品への心の活力になるのだよ。」
「そりゃ、自戒を込めて言ってるのかい。」
「まあ、そうなんだけど。」
 とにかく、真皆の原稿が間に合ったとすれば、残るは本としての体裁を整える作業である。目次と奥付を作り、表紙と裏表紙を描き、実際にレイアウトして出力、そしてコピー、製本となる。表紙のイラストはユージ、目次と奥付のレイアウトと裏表紙イラストは真皆の担当ということで、これからキツくなるのは原稿も残っている真皆だ。一方ユージは11日から14日まで旅行の予定が入っていて、こちらも表紙イラストを描く時間はあまり残っていない。加えてこの時点ではまだコピー機の手配がうまく行くかどうかはっきりせず、実際にどんな状態でコピー作業を行い、どのくらいの時間をかけることになるのか見当がつかないのだ。
「あとは、頒布価格だな。」
「まあ、200円か300円というところだろ。」
「原価は、えーと、表紙がカラーだから…、コピー代と紙代だけで、240円だ。」
「だとすると、頒布価格は…。」
「…。」
「…200円かな。」
「やっぱり、そうだよな。」
 売ることに関しては、かなり弱気な二人であった。

 翌日10日、大事を取るということで、現状で揃っている原稿を全てユージのレーザープリンタで出力し、コピー元原稿となるものを一通り作って真皆に渡すことにした。ユージが旅行中にでもコピー機の手配がつけば、完成している部分から順次真皆がコピー作業に入れるようにとの措置である。ユージと真皆は秋葉原で落ち合って原稿を受け渡し、最終的な手順を確認して早々に別れた。二人とも、この日のうちにやらなければならないことが沢山残っているのだ。
 ユージは旅行の準備もそこそこに、この日の夜にどうにかこうにか表紙用のイラストを仕上げ、あとのレイアウトは真皆に任せて一息つくことが出来た。表紙イラストとしては自分でも今一つ、いや二つという感じの仕上がりだったが、納得行かない思いは次回に生かそうと自分に言い聞かせて、翌日ユージは旅行に出発するのだった。

 ここでようやく、冒頭の場面に戻る。
 この日は8月14日。MN-LPGがコミケ52にサークル参加するのは8月17日。どうあっても15日にはコピー作業を始めなくてはならない。この時点で原稿が仕上がっていないというのは、まあ端的に言ってエライことなのである。幸い真皆のつてでさるDPEショップ(?)に話を通すことが出来、コピー作業に関しての心配はあまりなくなっているのだが、それでも原稿が上がらなければ元も子もないのだ。
 旅行から帰ったユージにつつかれ、徹夜覚悟で作業に没頭する真皆。なんでも最終ページに大ゴマを取ってウェディングドレスを描くことにしたのだとかで、インターネットを検索して資料写真をいくつも探し出し、描き始めたら妙に気合いが入ってしまってハマッているということだった。この日は深夜まで、やはりインターネットプロバイダの個人ホームディレクトリを利用してサンプル原稿をやりとりしたりしつつお互いに作業していたのだが、旅行の疲れからかユージはある程度の所でダウン、寝入ってしまった。真皆はそれでも朝方までかけて、ようやく全ての原稿を揃えたのだった。

つづく


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