【コミケ52参加レポート】アフター編

『明日に向かって描け』

 ビッグサイトを出てTWR国際展示場駅に向かったメンバーは、ユージ、真皆、冬雪花氏、わをん氏、ガミ氏、やったんの6人である。とりあえず有楽町まで出て、そこでお茶でも飲みながらミーティングと行こうという計画である。ただ、ユージと真皆は帰りのTWRの切符とSFメトロカードを、冬雪花氏はTWRの切符のみを用意しているが、残る3人は用意がない。果たしてスムーズに有楽町までたどり着けるかどうか、少々不安な道行きであった。
 国際展示場駅の前には「Tカード」なるものの特設販売所が設けられ、その横で拡声器を持った職員がコミケ帰りの人波に向かって呼びかけていた。
「新木場駅の券売所は非常に混雑しています。列んで切符を買うのが好きな方はこのままお通りください。列ぶのが嫌いな方は、ここでTカードをお買い求めください。」
 どうやらTカードというのは、やはり都営地下鉄と営団地下鉄で使え、自動改札を通れるプリペイドカードらしい。SFメトロカードとどう違うのかは不明だが。アナウンスがジョーク混じりなのはコミケの影響なのかどうなのか、とにかく問題はこの呼びかけに応じるかどうかである。とりあえず6人で円陣を組んで作戦会議をする。確かに、この混雑の中、ここで列んで切符を買った上にまた新木場駅で列ぶハメになるのは避けたい。結局はTカードを買うのが一番無難そうな雲行きである。ここですかさずわをん氏は行動を起こし、とにかく3人分のTWRの切符を買って来ると言って、券売所へ向かった。続いてガミ氏はTカードを買いに行ったようだ。東京近郊在住ではない冬雪花氏とやったんは、Tカードを買っても今回使わなかった分を使う機会がなさそうであるためしばらく躊躇していたが、残った分はユージと真皆が買い取るということで、ここはとにかく買うことにした。ユージと真皆が荷物番をしながら待っていると、最初に帰って来たのはTカードを買った冬雪花氏とやったんだった。先に行ったはずのガミ氏はまだ戻って来ない。しばらくしてガミ氏とわをん氏が相次いで戻って来たのだが、なんとここで意外な事実が発覚する。ガミ氏とわをん氏は、それぞれに新木場経由で有楽町までの連絡切符を買って来たのである。残る4人はあっけにとられた。
 考えてみて欲しい。この駅で連絡切符が買えるのだから、新木場駅の券売所で列ぶ必要など全くないのだ。確かに連絡切符を買うのには列ばなくてはならないが、Tカードを買ったとしてもこの駅から新木場までの切符を買うのには同じように列ばなくてはならない。つまり、ここでTカードを買うメリットは、全くないことになる。
「詐欺だっ!」
 朝のこともまだ尾を引いているのか、ユージは手足をバタつかせていきり立ったが、もはや後の祭り。買ってしまったTカードは、この場では全くの役立たずとなった。やったんが買ったTカードはそのまま真皆が買い取ることになり、冬雪花氏の分はユージが買い取りを申し出たが、考えてみたら近いうちに使う機会がありそうだとのことで、こちらはそのままになった。
 以上が、「TWR詐欺まがい事件」の経緯である。もし全てがここに書いた通りだとすれば、これは「まがい」でもなんでもない明白な詐欺行為だと思うが、後になってユージは一つ別の可能性に思い至った。もしかすると、Tカードというのは都営地下鉄と営団地下鉄に加えてTWRでもそのまま使えるというカードだったのではないだろうか。もしそうだとすれば、あの場でTカードを買えば、新木場経由の連絡切符を買うために国際展示場駅の券売所に列ばなくて済むというメリットだけは生まれることになる。もっとも、だとしたら今度は有楽町駅で買ったSFメトロカードがTWRで使えないことが不当に思えて来るのだが…。このことを確かめようとインターネットを検索してみたが、結局は判らずじまいだった。営団地下鉄のサイトにも臨海副都心線(TWR)のサイトにも「Tカード」の文字は全く見当たらず、唯一東京都のサイトで「記念Tカード発売」の告知記事を見つけたが、ここには「都営地下鉄・営団地下鉄共通」と書いてあるだけだった。事実を御存知の方は、ぜひお教えいただきたい。
 さて、それでもどうにかこうにか6人はTWRに乗るべく国際展示場駅の改札を抜けた。そこにはコミケで見慣れた光景、「巨大な行列」があった。どうやらホームに降りるエスカレーターの前で入場規制をしているらしい。前回のコミケ帰り、ユージはここで非常に危険な状況を目撃している。ホームがほぼ完全に人で埋まっている状態なのにもかかわらず後から後からエスカレーターで人が降りてくるため、エスカレーターの降り口付近では将棋倒しに近い状態、ホームの端ではいつ人が落ちてもおかしくない状態になっていたのだ。それでもそこにいた人々はパニックも起こさず、極力危険を避けて他人に場所を空けようとする努力を続けたので、大事には至らなかったようである。これが人混みに慣れたコミケ参加者でなかったらと思うと、ゾッとしたものである。今回はエスカレーターの前で規制をしているため、そういった危険は起きていないようだ。
「ふむふむ、TWRもさすがに学習しているな。」
 前回も一緒だった冬雪花氏と頷き合うユージだった。
 行列の末に乗ったTWRは、やはり入場規制のおかげなのか、思ったよりも混雑していなかった。もちろん完全に満員ではあるのだが、朝のラッシュ時の山手線や総武線のような殺人的な状況ではなく、自分の頭を掻くことくらいは普通に出来る状態である。ホッと一息つく一同。新木場からの営団地下鉄有楽町線はずっと空いていて、全員が座ることが出来た。さらにホッと一息ついて、車内に貼ってある小学生クイズに取り組んでしまったりするLPGの面々であった。
 有楽町で喫茶店に入った面々は当然のごとく雑談に花を咲かせることになるのだが、その合間には(?)次回のコミケ参加に向けての計画が話し合われた。雪花亭は『純米人肌』をリニューアルして改めて出す計画、Orange'sBOXはTLS本とグッズを作る計画を、それぞれ既に具体化しつつあるようだった。MN-LPGはまだ未定だが、今回で本作りの楽しさに目覚めてしまったことでもあるし、やはり『全脳連通信』Vol.02hだろうか…?
 次回の参加申込書セットは、2部買って来てあった。1部はLPGで決まりなのだが、もう1部は雪花亭が出すか Orange'sBOX が出すか、悩ましいところである。冬雪花氏は仕事が忙しくてどれだけ本の制作に時間を割けるか判らない上、当日5時起きしても9時までに入場出来る確信がないという躊躇が、真皆はこの後大阪に転勤になるため、果たして当日出て来られるかどうか不明であるという躊躇がある。正直なところ誰が出しても参加メンバーは大して変わらず、自分の作品も間借り出品出来るという状況でもあるため、余計になかなか決まらない。色々と話し合い、押しつけ合いが行われた結果、最終的には雪花亭が申し込みをすることになった。MN-LPGと雪花亭、さて、次回のクジ運やいかに…?
 と、いうようなところで宵の口。やったんは大阪へ、冬雪花氏は栃木へ帰らねばならず、これが解散の頃合いとなった。銀座の街で一人減り、駅の前で一人減り、電車が止まって一人減りと、それぞれの家路に就く面々。一つの祭りの終わりである。みんな、それぞれにお疲れさま、ありがとう、楽しかったね、と、本当に心から、ユージはそう言いたい気分で、涼しさの漂う街の中を歩くのだった。
 コミケ52参加レポートは、以上である。

 ここからは、ちょっと余談。
 ユージが家に帰り着くと、玄関でバッタリと兄に出くわした。
「なんだ、久しぶりだなあ。」
 ユージと兄は同じ家に住んではいるものの、居住フロアが違うためあまり顔を合わせることがなく、一カ月くらい会わないことはもはや珍しくもなくなっているのである。この日は兄のところに友人が来るというので、玄関の鍵を開けに出て来た兄と帰宅したユージが出くわしたというわけだ。
 やって来た兄の友人は「ルンちゃん」なる人物で、以前ノートパソコンへのWindows95のインストールを手伝ったことがあるため、ユージにとっても顔見知りである。そのルンちゃんが会いたがっているというので、ユージはしばらくぶりに兄の居住フロア(という程大げさなものでは全然ないが)へ降りて行った。開口一番、ルンちゃんはこう言った。
「弟子にしてください!」
 既にアルコールが入っていたこともあるが、ルンちゃんという人物はこういった物言いをする人なのだ。要するに、職場でもこれから必要になって来そうなので、コンピュータについて色々と教えて欲しいということなのだった。ルンちゃんの仕事は「特殊板金」というもので、何やらコンピュータ・システムの筐体を作ったこともあるという。今一つピンとは来ないが、かなり職人技が必要とされる職場らしいことは解った。
「はいはい、まあ、お役に立つことがあれば、相談してください。」
 などと軽い返事をするユージ。酒の席であまり突っ込んだ話をしても仕方がない。
「そうそう、お土産に、貴重なコーヒーを持って来ているんですよ。」
 ルンちゃんはそう言って何やら取り出す素振りを見せた。
「いや、私はコーヒーは飲まないんで、貴重なのをもらっても価値がわかんないし…。」
 戸惑うユージを、兄が制した。
「そういうんじゃないんだよ。とにかく見てみな。」
 そして出て来たのは、UCCの缶コーヒーだった。わけがわからず、とりあえず受け取ろうとしたユージは、その缶を見て思わずへたり込んでしまった。そこには、クッキリと綾波レイの姿があったのである。
「いやー、ボクはよくわかんないんですけど、コンビニのおばちゃんが、これしか残ってない貴重品だって言うもんで。」
 ルンちゃんはそう言って頭を掻いた。
 果たしてこれが本当に貴重品なのかどうかは判らないが、なかなかの代物であることは確かなようだった。手に取って良く見てみると、これはキャンペーン用の間に合わせにセルやポスターイラストから引っ張ってきた画像をただ貼り込んだというだけのものではないことが判る。何と言っても、そこにいる綾波はしっかりと自分でもUCCコーヒーの缶を捧げ持っているのだ。横には例の極太明朝体で「綾波レイ」と入っている。プレミアム物かどうかは別にしてもなかなか面白いということで、ユージはこれを有り難く受け取った。
 どうやら確実に、人類が補完されつつあることを実感する一日であった。

 3日後、8月20日の早朝、ユージはデニーズのテーブルでサークルカット*を描いていた。冬のコミケは準備期間が短いため、この日が申し込みの締切なのである。ユージは事情により前日ほとんど寝ることが出来ず、この日家に帰ったらそのまま泥のように眠りこけてしまうことが確実であるため、こういった事態になっているのだった。この事態は前日からある程度は予想がついていたため、定規やカッターなどの道具は申込書セットとともにバッグに放り込んであったのだが、カットを描いている途中で、一つ忘れ物があったことに気付いた。
「…ベタを塗る道具がない。」
 やむを得ず、MN-LPGのコミケ53用サークルカットのベタ部分は、全てペン入れ用の極細ロットリングで塗られた。なかなか先の思いやられる、次回へ向けてのスタートであった。

おしまい

1997/09/02

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