ユージがまず目指したのは「カダフィ企画」。名前からしてスゴイこのサークルは、市販のマンガを切り貼りして作った一発ギャグオンパレードのコピー本『俺のケツをなめろ!!』シリーズを中心に、他にも政治ネタや社会派ネタのヤバそうな本を沢山出している。ユージは以前からこのサークルのファンなのだが、ここ数年買い物する機会に恵まれなかったため、今回久々の訪問である。チェックしていなかった期間の溝を少しでも埋めるべく、そこにあった全ての本を買ったら、11冊にもなってしまった。『俺のケツをなめろ!!』の最新刊はVol.49、一番新しい本の通し番号は193となっていた。「継続は力なり」ということだろうか。とにかくまだまだ活発に活動を続けてくれているようで、ユージにとっては嬉しい限りだった。
今回ユージが回った中で以前から馴染みのあるサークルはこの「カダフィ企画」と前出の「あびゅうきょ」くらいで、残りはカタログを見て興味を持ったり通りがかって目に留まったりしたサークルばかりだった。時間的体力的な余裕がなくてチェックしてあったサークルを全部回ることが出来なかったということもあるが、創作系のサークルをのんびりと一つ一つ見て歩くのが意外に楽しく収穫も多かったというのが、やはり大きい。ネタ重視のコピー誌サークルや正統派ストーリーマンガ創作サークルは数こそ少ないがなかなかに粒揃いで、手に入れた本はもちろん玉石混交ではあるものの、かなり楽しめたことは確かだ。読んでみて面白かった本をちょっと挙げてみると、「S・ジャミラ」が発行するブラック・ジャックのパロディマンガ本『手塚治虫パロディ本』(このタイトルも凄いな)、「西カミ会」が発行する「うおたかん」氏のマンガ主体の個人コピー誌『約57%』、「トラウマヒツジ」が発行するシュールなマンガ主体のコピー誌『トラウマシープ』Vol.1とVol.2、「ばいせくる」が発行する本格的ストーリーマンガ本『POCKET 4』、などなど。『手塚治虫パロディ本』にオマケとして付いてきた『もののけ姫』のパロディ本も面白かったし、「西カミ会」のスペースでは「無人販売システム」と称して誰もいない机に本と貯金箱が一つ置いてあるだけだったのが印象深かった。また、「富野作品研究会TAILS」が発行する『無敵超人ザンボット3』評論集は、かなり気合いの入った記事満載の本。ユージはザンボット3のLD-BOXを買ったばかりだったこともあって、思わず手が出てしまった。まだ読んでいないので内容のことは何とも言えないが、とりあえずこれだけの本を作って出してしまえるパワーには脱帽である。FC系のジャンルをじっくりと見に行くことが出来れば、もっと色々なサークルに出会えるのだろうか。
買った本の束がそろそろ重くなって来たので、ユージは一度LPGのスペースに戻ることにした。すると、そこにはわをん氏の姿があった。わをん氏は以前から友人の影響でコミケに興味は持っていたものの、なかなか実際に参加する機会と勇気が(?)なかったとのことで、今回が初体験である。しかし、友人宅ではよくカタログのマンガレポートを読んでいたということで、気の利いた差し入れを色々と持参してくれていた。お菓子類やコンビニおにぎりなどに始まり、凍らせたおしぼりやペットボトル、果てはテーピング用のテープまで。ユージをはじめLPGのメンバーはなかなかそういう方面に気の回らない輩が多いので、これは実に有り難いゲストが登場してくれたものである。
聞いてみると、なんでもユージが買い物に出ている間にもう一人、ガミ氏が訪ねて来たのだが、今はどこかへ見物に行っているという。ガミ氏は「ウチの娘も高校生くらいになったらこんなところへ出入りするようになるんじゃないかな」と心配する、下町育ちのチャキチャキの江戸っ子瓦職人(でいいのかな?)である。[マックファーム]*EXPO会議の議長を務めている関係でこういったイベントに興味があるのか、今回あまり馴染みのない世界を見学ということになった次第。
せっかく来てもらったのだからガミ氏にも早く挨拶したいところだが、すれ違いでは仕方がない。今度は冬雪花氏が煙草を吸いに出ていった。すれ違いが多いのはたまたまというだけではなく、スペースが狭くて何人もがかたまっていられないという事情があるのだ。一つのサークルスペースは机半分(幅60cm)と椅子二脚、そしてその後ろの少しの空間だけである。3人いれば一人は立っていなくてはならず、4人いたらもうギュウギュウという状態だ。いきおい、メンバーが多い場合は交代で買い物や「散歩」に出かけることになってしまう。仲間が一同に会して談笑というわけに行かないのは残念だが、大人数が溜まっていたら周りのサークルの迷惑になってしまうので、これは致し方のないところなのだ。
ユージとしては、少々心苦しいがミーティングはとりあえず閉会後ということでゲストの面々には我慢してもらおう、などと考えつつも、わをん氏に今買って来た本を見せながらコミケの魅力を語るのだった。
「おおっ、ユージさん、いたいた!」
ユージが顔を上げてみると、声の主は勇者やったん氏だった。横にはArimie氏とおつん氏が一緒である。やったんはマスターネットで[コンピュータで音楽を!]【本館】のシスオペを務めるファンキーな打ち込み野郎、Arimieは音楽系専門学校の臨時講師も務めるぶっ飛びオーボエ奏者、おつんは高校教師を目指して勉強中だが酒が入るとすぐ壊れるヲタッキー・ドラマーである。言ってみれば、DTMトリオとでもなるだろうか。3人ともコミケには初参加だ。一応お目当てのサークルもあって、大阪からの東京旅行の最終日にわざわざコミケ参加をプログラムし、コスプレ広場の見学をよだれを垂らして楽しみにしているやったんはともかくとして、おつん&Arimieは目を丸くして「ここはどこ?」状態である。しかも二人はこの後用事があってあまり長くはいられないということでもあり、せめて少しでも楽しんでもらおうと、ユージはわをん氏にスナフキンのエプロンと店番を任せ、おつん&Arimieを案内することにした。
おつん&Arimieを引き連れたユージがまず向かったのは、『藤子F不二雄先生追悼本』を出しているサークルである。ユージとArimieは、藤子F不二雄の大ファンという点で一致しているのだ。FC系ジャンルは16日に配置されたので、この日はFCとして参加しているサークルはほとんどないのだが、注意して探せば少しは紛れ込んでいるものである。人波の間を縫うようにしてかなりの距離を歩き、ようやく目的地にたどり着いてみると、そこには冷たい「完売」の文字が。ああ無情。しかし、こういう本がキッチリと完売するくらいに買い手がいるという事実は、ユージにとってはやや嬉しい気もするところでもある。ヲタク心は複雑だ。
仕方なく近くのサークルを見ながら歩いていると、『ポンくんの きょういくTV』と題する本が目に留まった。ユージはNHK教育TVのファンでもあるのだ。手にとってパラパラめくってみると、どうもNHK教育TVの本ではなく、「それ風」のネタのギャグマンガらしかったが、それはそれでなかなか面白そうだった。
「僕、これ買おうかなあ?」
Arimieもこの本に惹かれているようである。どうも、ユージとArimieはマンガに関する趣味がかなり一致するらしい。
ユージの方は既に買うことに心を決めて、ポケットからサイフを出しつつ隣に並んでいる本に目をやると、そこにはアメコミ風リアルタッチで描かれたアンパンマンとバイキンマンが。タイトルは『ANPAN-MAN vs BAIKINMAN -THE FOREVER BATTLE-』などとなっている。どうやらシリーズで3冊出ているようで、中を見てみるとやはりアメコミタッチのバイキンマンが筋肉モリモリのアンパンマンのパンチを受けて「バイバイキーン!」と飛んで行ったりしている。これは拾い物かも…と思いつつふと顔を上げると、そこには『ムーミンの森』と題する本が。ユージはムーミンの大ファンでもあるのだ(いや、ほんとだってば)。思わず「おおっ」と声を上げつつ開いてみると、『平成天才ムーミン』というタイトルのマンガで、ホウキを持ったスナフキンが「おでかけですか、レレレのレ〜」などと言っている姿が目に飛び込んで来た。ちょっと眩暈を感じたが、ユージは迷わず全ての本を買った。Arimieも、『ANPAN-MAN』のシリーズ3冊と『ポンくんの きょういくTV』を買ったようだった。おつんは半ばあきれ顔だったが、ユージとArimieはホクホクである。即売会イベントで気に入った本に「出会えた」喜びというのは、単純に本を買う楽しみとはまた一線を画するものなのだ。Arimieはこれで味をしめたのか、その後もかなり熱心に各サークルの本に見入っていて、ユージとおつんが「あれ? Arimieがいない」と気付いて振り返ると少し手前のサークルで本を見ている、ということが何回かあった。人は、こうして「ハマッて行く」ものなのかもしれない。
次の目的地は、洞木ヒカリ本を出しているサークルである。おつんはエヴァンゲリオンの「委員長」こと洞木ヒカリちゃんのファンなのだ。もちろん、それなりのジャンルをチェックすれば「その手」の本は沢山あると思うのだが、この日は創作系を中心に配置されているので、サークルカット*からチェック出来た「ヒカリちゃん本」は、男性向け創作ジャンルの中の一つだけだった。
男性向け創作ジャンルというのは、まあ端的に言ってエロ系のことである。とは言ってもエロ劇画のようなものからいわゆる美少女マンガ、H系のイラスト本、更には倒錯モノや研究本など、内容は様々だ。描写に関しても、濃厚でほとんど「ゲロゲロ」なものからライトなものまで色々ある。もちろん、中にはかなりキレイなものもある。このあたりは実際に手に取ってみるまで判らない。エロ系はかなり「売れる」ジャンルなので、本気で本を作っているサークルの気合いの入り方は、結構ハンパでないものがあったりする。意外にあなどれないジャンルなのだ。
目的の「ヒカリちゃん本」は、まだ残っていた。…しかし、その本は表紙からして既に露骨なエロだった。おつんとしては手に取ってみる勇気も出ず、そのまま立ち去ることになってしまった。Arimieとは対称的に、おつんがこれで「懲りて」しまわないことを、ユージは木立の影から(嘘)そっと祈るのだった。
そんなところで時間切れとなり、おつん&Arimieは会場を後にした。二人とも「また来たい」と言ってはいたが、果たして再挑戦の機会はあるのかどうか…?
ユージが一人でスペースに戻ると、そこにはガミ氏の姿があった。すれ違うこと数回の後の、ようやくのご対面である。ガミ氏はマイペースであちこち見て回りつつ、会場内の活気にしきりと感心している様子だった。
「こりゃあ、EXPOよりパワーあるんじゃない?」
「まあ、みんな好きでやってるわけですからね。これは最強ですよね。」
出展のほとんどが企業ブースというMacWorldEXPOの中で、毎回一際大きなパワーを発揮しているユーザーグループ[マックファーム]の活動にも、やはり通じるものがあるのだろう。逆の見方をすれば、コミケの活気こそが、そういったパワーがストレートに発露した姿の見本とも言える。コミケは決して特殊な方向性のイベントではないのだ。
「えーっ? このまま行くんですか?」
西館にある友人のサークルに顔を出してくるというわをん氏はスナフキンのエプロンをユージに返そうとしたのだが、ユージはそのまま行くように勧めたのだ。
「大丈夫大丈夫。この会場内においてはちっとも『変』じゃありませんから。」
「はあ…。」
仕方なくエプロン姿のままスペースを出ていくわをん氏。彼が「吹っ切れる」日も近いと、ユージは予測している。
「お疲れさまでした。」
「お先に失礼します。」
お隣のサークル「企画集団パペット」が撤退の準備を始めた。午後も遅い時刻になると、会場内の人口密度はだいぶ下がってくる。売れ線サークルの本は軒並み売り切れてしまい、そのほとんどは既に荷物をまとめて帰ってしまっている。一般参加者も目的のサークルは回り終わって一通りの買い物を済ませ、早々に帰ってしまっているか、あとは会場内をブラブラ見て回っているという状態。残っているサークルのメンバーも気張って売り声をあげたりするのをやめ、仲間や周りのサークル、また通りがかりの一般参加者などと雑談に花を咲かせる者が多くなってくる。こうなるともはやほとんど売り上げは期待できないため、見切りをつけて撤退するサークルも多いのだ。MN-LPGの面々はというと、せっかくだから最後まで参加したいという思いがあるのと、この独特のリラックスムードが結構好きだったりするのとで、閉会の時刻までのんびりと過ごしている。
「椅子なんかはこのままにして行きますから、良かったら使ってください。」
LPGのスペースにゲストが多いことを見ていたパペットのメンバーは、撤退の際にそう言い残してくれた。遠慮なくお言葉に甘えて2スペースと椅子4脚を使うことで、LPGの面々はようやく窮屈な状態からある程度解放されたのである。しばらく後には、ユージ、真皆、冬雪花氏、わをん氏、ガミ氏の5人がスペースに揃った。やったんは、まだコスプレ広場にいるようだった。
わをん氏の心尽くしの差し入れは、まだかなり残っていた。気温が低いため飲物類の需要が思ったより少なかったということもあるのだが、それよりもなんと、凍っている飲み物やおしぼりがまだ溶けないのだ。仕方なく、溶けそうにないものはそのままバッグの中に戻して荷造りするわをん氏。世の中、色々とうまく行かないものである。
「これも無駄になっちゃったかなあ。」
そう言ってわをん氏が取り出したのは、テーピングテープだった。なんでもわをん氏は整体の勉強をしたことがあり、今後その方面の職業に就くことも考えているのだという。
「どうせだから、練習も兼ねてやりたかったんですけど。」
「ああ、そういうことなら、どーぞどーぞ、存分にやってください。」
そう言ったのはユージだが、実際に実験台になったのは真皆だった。
足の疲れを軽減するテーピングを試すとかで、真皆はジーンズを膝までまくり上げて椅子に座る。ところどころにハサミを使い、なかなかの手際で真皆の足にテーピングを施していくわをん氏。LPGの(と隣の)スペースは、にわかテーピング教室と化した。観客(?)のユージだちは、それぞれにポップコーンだのベビースターラーメンだのをポリポリやりながら見守っている。もはや何の会場だかわからない状態だ。
「あれ? こんなところにいたんですか?」
その声に応えて、テーピングを施してもらっている最中の真皆が顔を上げると、そこには見知った顔があった。
「おわーっ、なんでこんなところに?」
ユージも同様に驚きの声を上げる。
「ななな、なぜここに!?」
そこに出現したのは、サークル「あくてぃぶ・はーと」代表のゆづるぎ氏だった。「あくてぃぶ・はーと」は、以前MN-LPGが同人ソフトを頒布していた頃に色々と交流のあったサークルなのである。マンガ系オリジナル作品指向とでも言えるような方向性が近かったことと、当時大阪在住で後に東京に来たゆづるぎ氏と大阪出身の真皆が意気投合したことなどから、LPGにとってはかなりの「仲好し」サークルであった。その後LPGがソフト頒布を休止するようになったことから疎遠になっていたのだが、なんと今度は創作系同人誌のスペースでの再会である。
「なになに? どこにいたの?」
「すぐそこ。ほら、そこ。」
「えーっ!? 全然気付かなかった…。」
ゆづるぎ氏がいたのは、LPGのスペースとは斜めに背中合わせ、5メートルと離れていない場所だった。「あらー、いやー、どうも、お久しぶりです」などと、お互いのメンバー同士がスペースを離れずに挨拶できてしまう距離だ。これは何ともビックリである。しばらくお互いの近況などを話した後、「近いうちに、またどこかで」と再会を約してこの場は別れたのだが、その後カタログで調べてみると、ゆづるぎ氏のいたスペースのサークル名は「あくてぃぶ・はーと」ではなかった。別のサークルのメンバーとしての参加だったのか、あるいは新たに同人誌サークルを作ったのか、とにかくこれでは気付かないはずである。
「しかし、きっとアチラも我々と同じような経緯でここにいるんだろうな。」
「類は友を呼ぶって、こういう意味でもあるんだろうか。」
広くて狭い同人界、色々なドラマが待っているものである。
そろそろ閉会時刻も近いという頃、ようやくやったんが戻って来た。これでLPGは全員集合である。やったんは、しきりに「スイカのような大きな胸のエリス(PlayStationのゲーム『闘神伝』のキャラクター。スケスケの衣装が特徴)がいた!」と興奮した様子で他のメンバーに話している。彼は、女性と出会うとまず胸に目が行くという男なのだ。この日参加したLPGのメンバーの中には他に巨乳好みがいなかったため、あまり相手にしてもらえずやったんは少し寂しそうだったが、それでも初めてのコミケでたっぷりとコスプレイヤー鑑賞を堪能できたということで、満足した様子だった。ユージとしては、露出度の大きい女性以外のコスプレイヤーもやったんの脳やカメラに残っていることを、密かに願うばかりであった。
「これにて、第52回コミックマーケットを終了いたします。」
閉会のアナウンスに応えて、巻き起こる拍手。開場時の拍手とはまた一味違った、様々な感慨の込められた拍手である。ユージにとっては、今回のコミケは色々な意味で満足の行く結果になったと言える。拍手に込められたのは、「ああ、楽しかった」というため息のような思いだった。
この日の『全脳連通信』Vol.01hの売り上げは、9部。ただし6部は身内購入のため、実質は3部。よって、ユージと真皆の売り上げトトカルチョは引き分けに終わった。ちなみに、Orange'sBOXのTLSレターセットの売り上げは2部だった。
つづく